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「スティーブ&ボニー」書評 時空超えた分断と対話を巡る旅

評者: 宮地ゆう / 朝⽇新聞掲載:2023年02月25日
スティーブ&ボニー 砂漠のゲンシリョクムラ・イン・アメリカ 著者:安東量子 出版社:晶文社 ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784794973405
発売⽇: 2022/12/20
サイズ: 19cm/287p

「スティーブ&ボニー」 [著]安東量子

 福島県に暮らす著者のもとにある日、メールが届く。それは、アメリカの原子力関係者が集う学会への招待だった。場所は西海岸ワシントン州内陸部。長崎に投下された原子爆弾のプルトニウムが抽出された核開発拠点の近隣だという。
 戸惑いつつも、著者は砂漠の町へと旅だった。本書は、そこに暮らす人々や、かの国の「ゲンシリョクムラ」が垣間見える旅の記録だが、そこにはもっと普遍的な問いが流れている。分断した社会の中で、私たちはどうやって対話を構築すればいいのか。
 著者は、夫婦で移り住んだいわき市で2011年、原発事故に遭遇した。生活のあらゆる場で意見対立が起き、人間関係が壊れていくなか、住民の不安や悩みを減らそうと、放射線量の測定や対話集会などを重ねた。著者のデビュー作『海を撃つ』(みすず書房)はその記録だ。こうした活動を通じて著者が得たのは、目指すべきは意見の一致ではなく、わかりあえなくとも相手の立場を理解することの大切さだった。
 だが、不安な英語と着物で挑んだ砂漠の中の学会で、そんな声は容易に届かない。専門家たちは、リスクとなる放射線の数値を一方的に主張し、異を唱える人を徹底的に批判する。
 相手の言い分に耳すら貸さない敵意と、断ち切られた対話の回路。それはアメリカ社会の象徴に見える。だが、似た光景は日本社会にも広がりつつあることに、誰もが気づくだろう。
 旅はやがて、戦時中に強制収容された日系人との出会いや、原子炉建設のために立ち退きをさせられた人びとの歴史や記憶とも重なり合い、時空を超えて広がってゆく。
 福島、広島、長崎、原爆、原発、強制収容と、本書には重い歴史とスティグマ(負の印象)をたたえた言葉が次々に現れる。だが、読後感は爽やかだ。それは著者がこの旅を通じて「絶望のような希望」を見いだしたからなのだろう。
    ◇
あんどう・りょうこ 1976年生まれ。NPO福島ダイアログ理事長、作家。共著に『末続アトラス2011-2020』。