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絵本「なつやすみ」麻生知子さんインタビュー 記憶を重ねて描き出した夏の風景

『なつやすみ』(福音館書店)より

記憶の中の扇風機を描く

―― 前作『こたつ』(2020年刊行、福音館書店)では、こたつを真上から定点観測するという独特のスタイルで、年越しの様子を描かれました。今作『なつやすみ』には、家の中だけでなく、プールや神社など外の世界も描かれていますね。

 『こたつ』のときは最初、食卓の一年間を描くつもりだったんです。描きたいものがたくさん浮かんでいたのですが、32ページで春夏秋冬を描くとなると、どの季節も要約して描くことになってしまうので、もう少し期間を短くしようということになって。こたつを出してからしまうまでの半年間というのも考えましたが、まだ長すぎる。冬休み限定にしたとしても、クリスマスに大晦日にお正月と、いろんな出来事がありすぎる……。生活の中の細かい出来事ややりとりを入れたかったので、最終的に期間を絞って、大晦日から元旦までを描きました。

 『なつやすみ』でも、夏の食卓を描くというアイデアもあったんですが、外に出かけた方が夏らしくできると思って、プールやお祭りの場面を入れることにしました。

プールやお祭りの場面は人が多いので、絵探しの絵本としても楽しめる。『なつやすみ』(福音館書店)より

―― 『こたつ』では描く期間を狭めていって、『なつやすみ』では描く範囲を広げていったのですね。『なつやすみ』では、家の中もお茶の間だけでなく、隣の和室や台所、お風呂場、さらには階段や2階のベランダまで描かれています。

 冬は家族でぎゅーっと集まりたくなるけれど、夏はそうでもないので、食卓周り以外の部分も描きました。描いていくうちに、『こたつ』の頃から付き合っているこの家族の謎というか、生活の様子が、自分でもよくわかってきました。

―― 絵を描くとき、どんなことを心がけていますか。

 自分に正直に絵を作っていく、ということを心がけています。

 たとえば扇風機を描くときは、これまでの人生で見たり触れたりしてきたいろいろな扇風機の記憶の中から、自分にとって一番「扇風機」らしい姿を思い浮かべます。頭の中にある、自分にとっての「扇風機」の色や形を、なるべく思い浮かんだ姿のまま、誤差がないよう気を配りながら、忠実に画面の上に取り出すような気持ちで描いています。

子どもたちは疲れてお昼寝中。「やっとねたね」と言ってちょっと贅沢なアイスを食べるお母さん二人も描かれている。『なつやすみ』(福音館書店)より

夜店が立ち並ぶ、圧巻の観音開きページ

―― メインとなる家族は『こたつ』と同じく、小学生のこうたくんとお父さんお母さん、そしておばあちゃんと猫のクロです。モデルはいるのですか。

 外見は主に私自身と家族をモデルとしていますが、いろんな思い出を盛り込んで描いたので、すべての登場人物が自画像という気持ちです。主人公のこうたくんは、うちの子の普段の様子と、子どもに対して私が持っているイメージと、子どもの頃の自分が感じていたことを織り交ぜて描いていますが、お祭りで迷子になるあたりは息子とよく似ていますね。小さい頃から、すぐに走ってどこかに行ってしまう子で。迷子になっても泣かないどころか、見つかったときに「どこ行ってたの?」なんて聞くところなどは、まさにうちの子です(笑)。

―― 表紙と裏表紙に登場する絵日記は、息子さんが描かれたのですか。

 そうなんです。「絵本の中のこうたくんはこんな夏休みを過ごしたんだよ」と説明して、絵も文も自由に描いてもらいました。今の息子にしか描けない絵や文を使うことで、より特別な絵本にできると思いました。

―― 夜店で迷子になったこうたくんを探す観音開きのページは圧巻です。夜店は50以上、人は300人近く描かれていますね。

 観音開きは初挑戦で、一番制作が楽しみでもあり不安でもあったページです。原画は53センチ四方のキャンバスを4枚並べて描きました。印刷の都合上、少し余白をとる必要があったので、描いている段階では4枚並べても隙間があり、完成の姿が見られませんでした。それが印刷、製本されて絵本が完成したらぴったりと繋がって、大きな一場面が完成したので、自分でも感動しました。

 お祭りの場面は、実際のどこかのお祭りというわけではなくて、小さい頃から最近までに行ったたくさんのお祭りが混ざってできた、自分にとっての「お祭り」を描きました。お囃子だけは、私も子ども時代に参加していた、埼玉県所沢市の重松流祭囃子をモデルにしています。

夜店が立ち並ぶお祭りの場面からは賑やかな雰囲気が伝わってくる。下は観音開きのページ。『なつやすみ』(福音館書店)より

 夜店を歩く人たちにも、自分の記憶をいくつも重ねました。昔飼っていた犬のコロとか、赤ん坊だった頃の息子をおぶってお祭りに行った思い出とか。あと『こたつ』に、しおんくんとたかちゃんという、こうたくんの友達が出てきたんですが、今回は登場する場面がなかったので、金魚すくいのお店のところに登場してもらいました。

抽象画を描くような気持ちで

―― 真上から見たり、真横から見たりといったユニークな視点が特徴です。

 学生の頃から、真上から見た絵を描いています。斜めから見た絵って、私のイメージだと、絵描きの人の視点を通した世界みたいな感じがするんですよね。でも真上からだと、絵を見た人が実際にその光景を見たかのように感じられるんじゃないかなと思っていて。

麻生知子さんの画家としての作品《浴場》 2017年 162×227.3cm 油彩、キャンバス

 絵本でも真上からの絵が多いので、登場人物の表情を描くことがほとんどないんですが、その方が自分や自分の子どもを投影しやすい気がしています。この絵本の中の誰かの気持ちになって、夏休みを一緒に楽しんでもらえたらうれしいですね。

―― テーブルや座布団の四角や楕円、台所の鍋やお風呂に浮くスイカの丸、真横から見たベランダの直線や階段のジグザグ線など、図形化された構図も魅力的です。

 具体的なモノを描くときも、抽象画を描くような気持ちで描いています。形や線、色などを四角い画面の中に配置して、心地よいリズムになるよう描けたら、といつも思っています。

 あと、層の重なりも意識して描くようにしていますね。質感が出しやすい油絵だからこそできるんだと思いますが、たとえばプールだったら、プールの底があって、その上に人がいて、さらに水があって……と実際の空間はいくつもの層が重なり合ってできているので、絵具でも層を重ねるように描いています。

―― 画家としての活動が長い麻生さんですが、絵本の魅力をどんなところに感じますか。

 絵は、ある一場面だけで完結しますが、絵本には連続した時間があります。その一場面の前後がどうなっているか、どんな風に展開していくのか、描きながら絵の中の世界がより深くわかってくるのが面白いなと思っています。今、次の絵本の制作も進めているところなので、そちらも楽しみにしていただけたらうれしいです。