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「増えるものたちの進化生物学」書評 私たちはなぜこんなに悩むのか

評者: 小宮山亮磨 / 朝⽇新聞掲載:2023年06月24日
増えるものたちの進化生物学 (ちくまプリマー新書) 著者:市橋 伯一 出版社:筑摩書房 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784480684462
発売⽇: 2023/04/07
サイズ: 18cm/184p

「増えるものたちの進化生物学」 [著]市橋伯一

 体力は年々衰える。給料は減る。物価は上がる。妻は不機嫌。外国では戦争。
 世の中、つらく悲しいことばかり。どうして?
 本書を読むと、腑(ふ)に落ちる。あらゆる悩みは人間として生を受けたがゆえの必然。そしてこの世に生命が生まれてしまった以上、悩み多き生物の出現もまた、避けられなかったのだと。
 著者は宗教家でも哲学者でもない。人間が悩むのは「長生き」だからなのだ、と生物学者は答える。
 生物の戦略には「多産多死」と「少産少死」の二つがある。前者の代表例は細菌で、10分ごとに倍に増えるものもいるほど。でも個体としては弱くて、ちょっとしたことで大量死する。
 進化し大型化した生物の戦略は後者だ。人間は究極形で、子作りできるようになるまで十数年もかかるが、長く生きる。それに役立つのが「死んではダメ」という価値観。大きな脳をフル稼働させて自分や家族の命を必死に守り、心配するようになった、らしい。
 さらに、長生きで他人とも長く付き合うから「共感能力」も発達。見知らぬ人のことまで気に病むようになった。おまけに、次から次へと別の成功をほしがる人のほうが子どもをたくさん残せたので、その子孫は幸福感が長続きしない人ばかりになったという。
 「進化生物学」という書名に身構える人もいそうだが、予備知識は不要。文章も易しい。生命の本質は「増える」「性質が子孫に伝わる」の二つだという単純な前提から、仏教が説く「四苦八苦」の根源が鮮やかに説明されてしまう。
 著者はこうも予言する。
 食べ物は人工的に合成される。女だけが子を産む不公平はなくなる。人類は不老不死になる――。
 理由は読んでのお楽しみ。何しろ200ページにも満たない短い本だ。読めば悩みこそ消えずとも、世界を見る目は変わるだろう。たとえば少子化問題のニュースが、ちょっと違って聞こえるようになるはずだ。
    ◇
いちはし・のりかず 1978年生まれ。東京大教授。専門は進化合成生物学。著書に『協力と裏切りの生命進化史』。