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「殺したい子」イ・コンニムさんインタビュー フェイクと真実の境界が溶ける時代の若者たちに伝えたいこと

イ・コンニムさん=本人提供

金のスプーン、泥のスプーン

――主人公のジュヨンは裕福な家庭で育ち、殺されたソウンは母子家庭で貧しく育ちます。本作を読んで、ふたりの間に経済的格差がなければ健全な友情を育めたかもしれない、と感じました。韓国において、格差は人々の関係にどんな影響を及ぼしていると考えますか。

 韓国では数年前から「金のスプーン(富裕層)」「銀のスプーン(上流層)」「泥のスプーン(貧困層)」という経済格差を表す造語が流行り、BTSの曲「ペップセ(Silver Spoon)」でも取り上げられたり、最近でも「ゴールデンスプーン」(日本ではディズニープラスで配信)というドラマが作られたりしました。このように、格差は韓国に蔓延する問題だと思いますが、それ以上に問題なのは、若者たちが実際にはそれほど悪い状況ではないのに「自分は泥のスプーンだから結婚もできないし、子どもも産めない」と自ら限界を作ってしまうことです。

――なぜ自分を「泥のスプーン」だと思い込んでしまうのでしょうか。

 SNS上の他人のキラキラした生活と、自分の現実を見比べて、自分を低く捉えてしまうのだと思います。そのキラキラが演出されたものだとは気づかずに。

イ・コンニムさん=本人提供

親とは間違えるもの

――裕福なジュヨンは両親から愛されていないと感じていますが、両親は娘のためを思って働いたり、喜ぶ顔が見たくて大量の贈り物をしたりします。前作の『世界を超えて私はあなたに会いに行く』でも、父から愛されていないと思い込む娘が出てきます。家族のすれ違いはどこからくると考えますか。また、イさんはなぜ両親を単純な「ひどい親」として描かないのでしょうか。

 個人的な話になるのですが、ある日、母が私に言ったんです。「あなたたち3兄弟を育ててきたけど、私には正しい育て方を聞く大人がいなかったのよ。お父さんと一生懸命に育ててきたけど、それが正しかったのか分からないのよ。ごめんね」と……。実は、母は20歳のときに自分の母親(私の祖母)を亡くしているんです。

 その時、気づきました。親というのは完璧なものではなく、私たち子どもと同じように悩み、葛藤し、足りない部分もあって、子どもと一緒に成長していく存在なのだと。でも、若いときは、親というのは完璧であるべきものと思い込んでしまいますよね。「私の気持ちをわかって当然なのに、なぜわかってくれないの」と。ここにすれ違いの原因があると思うんです。

 だから私は完全にひどい親というのを書かないのだと思います。虐待などは別にして、ほとんどの親が、育て方に迷い、悩み、ときに間違えるけれど、子への愛情は確かにあると思うので。

――それは父親についても同じことがいえるでしょうか。本作で、ジュヨンの父は容疑をかけられた娘と話そうともせず、弁護士をあてがうだけです。

 まったく不完全な親の姿ですよね。作中ではちらっとその背景を登場させたのですが、元々ジュヨンの父は貧しい家庭出身で、親の愛も感じず、一人で苦労して今の地位を築いたんです。だから父からすると、「ジュヨンには物質的な援助を最大限してあげたのに、なぜ自分ほど成功しないのか? もっと努力するべきだ」と思ってしまう。このたたき上げの上の世代と、今の若い世代のすれ違いはよく目にすることです。ジュヨンも父ももっと会話していれば、すれ違いを防げたのでしょうが……。

「殺したい子」韓国版(左)と日本版。韓国版はジュヨンの表情しかわからない装丁。一方、日本版ではソウンの表情しか描かれない。日本版の帯を外すと、ソウンの意外な表情が表れる。

伝えたい「真実」の難しさ

――「ソウンを陰でいじめていた」などの書き込みによって、ジュヨンはバッシングに遭い、弁護士でさえ彼女を正しく見ようとしません。日本でもネットの中傷被害が問題となっていますが、書き込みが真実にすり替わっていくことについてどう考えますか。

 これはこの作品の大きなテーマです。あとがきに「『殺したい子』は真実と信じることについての物語」と書いたのですが、きっかけはある韓国の歌手の学歴詐称疑惑でした。

 10年以上前のことですが、アメリカの有名大学を出た歌手が、勉強法などをテレビで紹介し、人気となっていました。すると、ネット上で学歴詐称だという噂が広まったのです。その歌手は、学位は本物であることを証明するために、テレビクルーを連れて、アメリカへ行き、当時の教授の証言や、卒業証書、成績表まで全部公開したんです。にも拘わらず、「捏造だ」と主張する者たちが現れ、糾弾するネットコミュニティーまでできたりして、炎上し続けました。

 その時、私が思ったのは、「ああ、そうか、真実というのは、実は信じることがベースになっていたんだ」ということでした。どんな真実でも、私がこの真実を信じようとしなければ、それは事実にはならないんです。

――恐ろしいですね。10年以上前に感じたことを、なぜ今小説にしようと考えたのでしょうか。

 この作品を書いていたころ、AIについて取り上げられたニュースで「今の若者が大人になるころには、真実とAIが作ったフェイクとを見分けることが最重要課題になるだろう」と言っていたんです。実際、それはもう起きていて、YouTubeをつければ、ユーチューバーが再生回数を稼ぐために作った陰謀論やフェイクニュースがたくさん流れてきます。しかも、以前は若者の間だけで信じられてきたそれらが、もはや40~50代の保守層まで信じる事態になり、とても危機感を持っています。

 だから、この小説では真実がAなのかBなのか、明示せずに書きました。若者たちに、真実というのはAかBか断定できるものではなく、また、簡単に捻じ曲げられ、見えなくなってしまうものだということを伝えたかったのです。

――ジュヨンは世論に流され、最後には「ソウンを本当に殺したのかも」と思います。なぜ自分さえ信じられないのでしょうか。

 彼女は親から間違った方法で愛されたので、自尊心がうまく育たないまま成長してしまったんです。そういう子たちは、恋人や友人から自尊心を取り戻そうとします。ジュヨンにとってはその相手がソウンでした。ソウンから友情を受け取ることで、ジュヨンは少しずつ回復していった。それなのに、ソウンには彼氏ができ、築きかけていた自尊心がまた崩れてしまったんです。本当はソウンに彼氏ができたとしても、友情は変わらないはずですよね。でも、物質的な愛しか受け取ってこなかったジュヨンは、所有し、独り占めすることが友情だと思い込んでしまったのでしょう。

2014年4月16日、大型旅客船「セウォル号」沈没現場に救助に向かった漁師が撮影した船体。船は沈没し、300人を超える死者・行方不明者を出した=(C)朝日新聞社

――ひとりの少女の命が失われたというのに、周りは真相解明よりも受験や就職への影響を気にします。現代社会の冷たさ、厳しさを感じました。

 2014年、韓国で300人以上の死者・行方不明者を出したセウォル号沈没事故が起こりました。多くの国民が傷つき、悲しみ、やがて哀悼の意を黄色いリボンを胸につけて表すムーブメントが起きました。その黄色いリボンを胸につけている政治家を見た年配の女性が、「そのリボン、外してください。もううんざり」と言ったんです。

 政治家が「あなたの子が同じ目に遭ってもそんなこと言うんですか?」と返したら、その女性は何て言ったと思います? 「うちの子にはそんなこと起きませんよ」と、答えたんです。本当にぞっとしました。どうして自分だけは例外だと思うのか、他人の苦しみに寄り添わない不気味さを伝えたいと、シーンに加えました。

 また、マスコミの在り方にも疑問を持っています。小説の中で、マスコミはジュヨンの周囲にインタビューし、「彼女は悪魔だ」「優しい子だ」と彼女のキャラクターについて報じます。でも大切なのは、ソウンが誰に、なぜ殺されたか、ということじゃないですか。そこではなく、より関心を引きやすい少女の人格について報じることで、視聴者もそこに注目し、熱狂し、それがジュヨンを蝕んでいく。その歪みを人々に気づいてもらいたいと思いました。

心の支えは「スラムダンク」

――今回が邦訳2冊目となります。日本の小説で好きな作品や影響を受けた作家はいますか。

 実は小説よりも、とてもとても心の支えになった日本の漫画があります。最近、映画にもなった「SLAM DUNK」(スラムダンク)です! 高校生の時、家が借金まみれになって、本当に大変でした。借金取りが押し掛けるような状態で、心の拠り所がなく、傷つき、苦しんでいたんです。その時、スラムダンクに出会いました。そこには私と同じ何も持たない主人公が、一生懸命、自分の境遇と戦い、成長し、乗り越える姿がありました。どれだけ励まされたか……。私が青春小説を書く理由でもあります。大好きすぎる作品です。

――それは日本の読者もうれしいと思います。日本の読者に伝えたいことはありますか?

 この小説が皆さんの人生の中で一度は思い出す作品となることを願っています。また、そのような物語をこの先も書けるように努力していきたいです。