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「首都の議会」書評 富商と言論人 激動の会議描く

評者: 藤野裕子 / 朝⽇新聞掲載:2023年07月01日
首都の議会 近代移行期東京の政治秩序と都市改造 著者:池田 真歩 出版社:東京大学出版会 ジャンル:政治・行政

ISBN: 9784130266123
発売⽇: 2023/03/29
サイズ: 22cm/364,10p

「首都の議会」 [著]池田真歩

 議場が荒れ、議事を妨害する議員が現れ、全国紙がそれを報じる。明治初年の人びとにとって、これはなじみのないことだった。江戸時代には議会もなく、新聞も未発達だったからだ。
 首都東京に、どのように議会制度が導入されていったのか。本書はこの問いに取り組むことで、明治維新から日露戦争前夜にいたる政治と社会のダイナミズムを大胆に描き出す。
 江戸時代には、身分制に基づいて町会所が江戸の運営にあたった。これが維新後に廃止されると、まず東京会議所、続いて東京府会、次に東京市会が成立し、「会議」という新しいスタイルでの都市政治が始まった。
 それはいったい誰が担うべきなのか。会議所は当初、富商・実業家が占めていた。しかし民権運動の高まりを受けて西洋の議会に近い形式が目指されると、知識と弁舌能力に富む言論人が会議所に参入していった。府会ができると実業家たちは離脱し、言論人たちが名を連ねた。市会には、新聞雑誌記者や代言人(弁護士)が参入するなど、経済人のウェートはいっそうさがった。東京の〈政〉と〈商〉が分離したのだ。
 水道事業、築港事業、路面電車の敷設。近代的な都市インフラの整備は莫大(ばくだい)な予算を要する。一方、日清戦争以降、産業革命がすすんで、実業界の力は大きくなった。市会は特別税を設けて財政難を乗り切ろうとしたが、実業団体から猛反発をくらい、挫折の憂き目にあう。
 かくして、市政を強力に推し進めるためには、再度〈商〉と手をつなぐことが不可欠となる。市会議員による汚職事件や、強引な市政に対する区会・地域住民の反対運動が起きる素地がこうして出来上がった。
 緻密(ちみつ)な調査に裏打ちされた、躍動感ある叙述が明治の激動を描き出す。公共事業をめぐる収賄と市政の刷新。戦前・戦後をとおして続く都市政治の構造とそれが成立した過程を、本書は明快に教えてくれる。
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いけだ・まほ 1987年生まれ。北海学園大准教授(日本近現代史)。論文に「村長と反政党」など。