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白井明大さん「日本の憲法 最初の話」 平和揺らぐ時代、条文「詩訳」で試みた原点回帰

白井明大さん

 「私は ずっと平和がいい……」。日本国憲法の条文の「詩訳」を、詩人の白井明大(あけひろ)さん(53)が試みた。ロシアによるウクライナ侵攻は終わりが見えず、憲法を巡る議論には危うさもちらつく。「憲法の根幹にある心を、詩によって伝えることができれば」と白井さんは話す。

 日本国憲法の前文を詩にしようと思い立ったのは2020年。白井さんは、コロナ禍で人々の行動が制限され、社会に閉塞(へいそく)感が漂っていくのを前に「自分を取り囲む海を、言葉で飛び越えたくなった」という。日常を見つめたとき、脳裏をよぎったのが、大学時代に学び、何度も暗唱した憲法の前文だった。「理想のような文言が、単なる理想論として語られるのではない。戦争を経験し、こうした社会を作りたいという先人の実感を伴った言葉が、改めて輝いて見えた」と振り返る。

 詩訳の言葉は自然と流れ出てきた。「私は ずっと平和がいい。 この星で生きていくための 人間と人間の つながりの土台を支える とてもとても大事な理想を 深く心に持っておくよ」。SNSに投稿し、2年後の憲法記念日には原文と詩訳を8ページのフリーペーパーにして、知り合いの書店などに置いてもらった。今年3月には「日本の憲法 最初の話」(KADOKAWA)として刊行。前文のほか、11条(基本的人権)や21条(表現の自由)、また人種差別撤廃条約や核兵器禁止条約など、国内外の条約や宣言も織り込んだ。

戦争経験した先人の思い 易しい言葉で

 全編を貫くのは、易しい静かな言葉で、老若問わずあらゆる人に、祈りを届けたいというまなざしだ。たとえば26条(教育を受ける権利)は、こう始まる。「きみは、無限だ。 自由で、やわらかくて、 可能性に満ちてる」。白井さんは「一人ひとりの人間のために憲法があり、この国があるのだということを、強く伝えたかった」と話す。

 詩は、詩人は、社会で何が出来るのか。自らに問うてきた。

 12年前の東京電力福島第一原発事故を機に東京から沖縄へ移住し、被災地の友人らを訪ね、共に詩の朗読活動を行った。震災の翌年に出した「日本の七十二候を楽しむ」は、古来の日本人と自然との関わりを再発見しようとするもので、30万部を超えるベストセラーに。15年の詩集「生きようと生きるほうへ」では沖縄に移住し、かつ東北を旅する自らと向き合い、丸山豊記念現代詩賞を受賞した。

 「迎合せず忖度(そんたく)せず、本当のことを語ること。その役割を担うのが詩人なのだと思う」と白井さんは言う。そして「論理よりも、心を前に出して表現することができる」詩によってこそ浮かび上がる、憲法の核心があるのではないかと。

 ロシアによるウクライナ侵攻から1年半近く。日本でも、岸田政権が戦後の防衛政策を大転換させ、安保関連3文書に敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有を明記した。憲法を詩訳した詩人にとって、現在の社会の動きは危うく映る。「戦争の痛みがのど元を過ぎていない時代に作られたのが、今の憲法。その出発点にあった心を、私たちはもう一度見つめ直す必要があるのではないだろうか」(山本悠理)=朝日新聞2023年7月5日掲載