1. HOME
  2. 書評
  3. 「『ゼクシィ』のメディア史」書評 主役が輝くため 純化した雑誌

「『ゼクシィ』のメディア史」書評 主役が輝くため 純化した雑誌

評者: 山内マリコ / 朝⽇新聞掲載:2023年07月22日
『ゼクシィ』のメディア史 花嫁たちのプラットフォーム 著者:彭 永成 出版社:創元社 ジャンル:冠婚葬祭・マナー

ISBN: 9784422210216
発売⽇: 2023/04/05
サイズ: 21cm/335p 図版7枚

「『ゼクシィ』のメディア史」 [著]彭永成

 その国の本質を見抜けるのは、内側にいる人ではなく“異邦人”であることが多い。当たり前すぎて気にも留めない日常風景が、外の視点を持つ人に「なんだこれは!?」と指摘され、特異なものとして炙(あぶ)り出されるのは痛快ですらある。
 本書で中国出身の研究者がテーマに据えたのは、あの「ゼクシィ」だ。
 あの、と思わず強調してしまうところに、日本におけるゼクシィの立ち位置が集約されている。最大重量4・9キログラムを記録し、鈍器と揶揄(やゆ)されることもある物量。男性にこの雑誌をチラつかせるだけで結婚のプレッシャーを与えるとされる「ゼクシィテロ」。出版不況を制し、もはや結婚の代名詞として通用するほどの存在感を示す。
 1993年の創刊時は恋愛支援雑誌だったが、次第に表紙から男性の姿が消えたという経緯自体、非常に興味深い。節約を旗印に、クローズドだったブライダル情報を“民主化”したことで支持を集める一方、企業文化の衰退で「仲人」が消滅。90年代は「良妻かくあるべし」と脅しのように指南する説教じみた記事もあったが、読者のニーズを重視するうちにそれも抹消されたという。
 あらゆるノイズが消え、花嫁が結婚式当日に最高の輝きを手にするためのツールとして純化していったゼクシィ。その変遷は、結婚に拘泥する保守的な女性という読者層のイメージを、主体的な存在へと覆す。現代の花嫁は、主役と式のディレクターを兼任する有能さを持ち合わせている。ただし、彼女たちがその能力を余すところなく発揮し主導権を握れるのは、結婚式の一日限りなのである。
 ゼクシィが結婚情報誌である以上、ここが行き止まりだ。ジェンダー的な限界を突きつけられ、私は思わず、その先へ連れて行ってくれる雑誌を夢想してしまった。女性誌が誕生して約140年。女性が結婚式のあとも主役でいられる世界への蒙(もう)を啓(ひら)かれたい。
    ◇
ほう・えいせい 1993年、中国湖南省生まれ。京都大に留学し、本書の元になった論文で博士号(教育学)を取得。