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くどうれいんさん「桃を煮るひと」インタビュー 気取らず染みる食の記憶

くどうれいんさん

 美食家でも、料理家でもない。彼女はただの、食いしん坊だ。

 デビューエッセー集『わたしを空腹にしないほうがいい』がヒットし、作家の道を着実に歩んできた。二匹目のどじょうを狙うのはやめようと封印してきた食エッセー集を、久しぶりに解禁した。

 「この本は、くどうれいん第2章の1冊目です」。2021年に小説『氷柱(つらら)の声』が芥川賞候補になり、執筆の仕事が本格化した。会社員との兼業に別れを告げ、昨春退社。日本経済新聞での連載や雑誌への寄稿に書き下ろしを加えた41編の収録作は、すべて専業作家になって書いたものだ。

 中華料理屋のぶ厚い紅色のメニューを開くたび、すべてが魅力的で我を失う話。ダイエット法として「ひとくちごとに微笑(ほほえ)む」を試した話。泣き出したくなるときにツイッターで検索する「焦げちゃった」失敗料理写真……。日々の味が、一瞬の記憶と混ざり合い、よみがえる。「書いていると日常がおもしろくなるんです。当たり前という言葉が嫌。強烈ではない体験にも、おもしろさはあるんですよね」

 珍しい料理、食材は出てこないけれど、一つずつ丁寧に、自分の言葉で描写する。原点には俳句の師匠からの一言がある。かつてみんなから俳句を褒められたとき、師匠に呼ばれた。「うそは、ばれます」

 「頭のなかで作っただけのきれいな言葉を書いていないか。本当にあなたの手触りがあるのか?と問われていたのだと思う」

 収録作の一編「即席オニオンスープ」に出てくるのは、よくあるフリーズドライのスープ。祖母の葬式に親戚が持ってきてくれた。「こういうのはないよりあったほうがいいのよ」と言って。気取らず、少し懐かしく、体に染み渡る。この本も、そんな一冊だ。(文・田中瞳子 写真・大野洋介)=朝日新聞2023年7月22日掲載