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「女ことばってなんなのかしら?」書評 言語に深く打ち込まれた性差別 

評者: 山内マリコ / 朝⽇新聞掲載:2023年08月26日
女ことばってなんなのかしら? 「性別の美学」の日本語 (河出新書) 著者:平野 卿子 出版社:河出書房新社 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784309631622
発売⽇: 2023/05/29
サイズ: 18cm/213p

「女ことばってなんなのかしら?」 [著]平野卿子

 私は今、悩んでいる。このあいだ年上の男に嫌なことを言われ、不愉快な思いをした。またあいつがあんな舐(な)めた口利きやがったら何て言い返そうか……。
 一撃でおっさんをギャフンと言わせる言葉を探しているものの、まだ見つからない。それもそのはず。女性が年上の男性を叱り飛ばすような言葉は、日本語にはないのだ。
 相手を罵倒する言葉も、命令する言葉も、女性の口からはスッと出ない。乱暴な言葉をつかわないことが“女らしい”社会規範とされ、美化されてきた成果だ。冒頭の言葉づかいに嫌悪感を抱いた人も多いだろう。しかし考えてみればこれは、言葉を制限されることで、怒りの表現を封じられているということ。本書は「女ことば」を手がかりに、日本語に深く打ち込まれた性差別を解き明かす。
 たとえば一人称。英語の「I(アイ)」は性別不問だが、日本語は男女でつかう一人称が異なり、自己認識の第一歩から性別に縛られる。男女と、当然のように男が前にくる。中国から伝来した漢字に埋め込まれた男尊女卑も根深い。媚(こび)や嫉妬など、女偏の漢字にネガティブな意味が多いのに対し、男偏という部首はなく、人偏がある。人間=男とする性差別的な言語を、私たちは生まれてから死ぬまでつかい続ける。
 当たり前のように男女を区別し、優劣をつけ、支配と従属の関係性に落とし込む日本語は、たしかにバイアスまみれで注意が必要だ。語尾に「のよ」「わよ」「かしら」をつけず、夫を「主人」と言わないからといって、差別の罠(わな)を回避できているわけではない。女性たちはいつの間にか身につけた「女らしい言い回し」でへりくだり、相手にお伺いを立てる。自己主張をぼかして嫌われないようにする癖だ。
 言葉はその人自身。日本語を掘り下げることで私たちは何者かを見渡し、ジェンダーを思考する手引きとなる、すげぇー楽しい本!
    ◇
ひらの・きょうこ 1945年生まれ。翻訳家。主な訳書に『キャプテン・ブルーベアの13と1/2の人生』など。