1. HOME
  2. 書評
  3. 『「人新世」の惑星政治学』書評 人間中心主義からの転換を迫る

『「人新世」の惑星政治学』書評 人間中心主義からの転換を迫る

評者: 三牧聖子 / 朝⽇新聞掲載:2023年09月02日
「人新世」の惑星政治学 ヒトだけを見れば済む時代の終焉 著者:前田 幸男 出版社:青土社 ジャンル:政治・行政

ISBN: 9784791775613
発売⽇: 2023/06/20
サイズ: 19cm/347,5p

『「人新世」の惑星政治学』 [著]前田幸男

 学問は眼鏡のレンズに例えられる。それは私たちに新たな見方や気づきを与え、世界の理解を豊かにする。他方、同じような眼鏡ばかりかけていると、世界の多様な意味にむしろ鈍感になり、現実は代わり映えしないと錯覚してしまう。その学問が想定してこなかった危機が着実に進行していても、である。
 国際政治学は、この危機に陥っていると著者は警鐘を鳴らす。国際政治学、とりわけ現実主義の理論家たちは、「自然状態」は「万人の万人に対する闘争」に至るとしたホッブズのテーゼを国際関係にも当てはめ、国家間のサバイバルをどう生き抜くかを模索してきた。
 しかし、サバイバルを冷徹に洞察していると自負する現実主義を含め、国際政治学は、人類の絶滅可能性という危機的な「現実」を直視していないと著者は指摘する。時代は既に、人間活動が地球に与えてきた負荷が限界を超えた「人新世」に突入した。もはや自然との関係なしに、人間の生存を論ずることは不可能だ。
 頻発する山火事や洪水は、数世紀もの間、人類が地球に対して遂行してきた「戦争」への反撃である。人類は自然との「戦争」を一刻も早く終結させ、共生を実現しなければならない。にもかかわらず、政治学は、大地・海・大気等(など)の自然の一切を捨象し、もっぱら人間同士の社会契約を論じたホッブズ以来の人間中心主義を克服できていない。気候変動も人間に危害を及ぼす限りで関心を向けるのみだ。
 著者が提唱する惑星政治学は、自然とヒトの不可分性を前提に、両者の生存を追求する。アリストテレス以来、「政治」は言語を操る人間の行為に限定されてきたが、惑星政治学は、言語化されないノン・ヒューマンの「声」を「聴く」「感じ取る」ことを含む、まったく新しい「政治」を構想する。ラディカルには、急進的という意味だけでなく根源的・本質的という意味がある。生存への活路を切り開くラディカルな政治学の書だ。
    ◇
まえだ・ゆきお 1974年生まれ。創価大教授。共編著に『批判的安全保障論』、共訳書に『パワー・シフト』など。