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「きしむ政治と科学」書評 耐えた専門家「主語」の粗さも

評者: 磯野真穂 / 朝⽇新聞掲載:2023年09月09日
きしむ政治と科学 コロナ禍、尾身茂氏との対話 著者:尾身 茂 出版社:中央公論新社 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784120056772
発売⽇: 2023/07/20
サイズ: 20cm/293p

「きしむ政治と科学」 [著]牧原出、坂上博

 尾身茂氏は、コロナ禍の感染症対策分科会など政府の一連の会議で最も名が知られた専門家であろう。
 著者らのインタビューに対し、言葉を選んではいるものの、まず伝わってくるのは、政府の無策に対する氏のもどかしい思いである。今回のような新興感染症による危機は、10年以上前から予想されていた。尾身氏ら専門家は検査・人員体制の強化などの報告書を政府に幾度も提言したが、訴えは十分に生かされず、コロナ禍は始まった。
 尾身氏らは、準備がもとより不足であることを知りながら、使命感を支えに踏み込んだ発言を時に続ける。しかしそれが自分たちへの風当たりを強くし、氏には殺害予告も届く。
 「我が国の危機管理体制は十分ではなかった」と2020年初夏の見解に記したら厚生労働省から注文が入り、「危機管理を重要視する文化が醸成されてこなかった」と書き直すことになる(文化!)。
 著者らは尾身氏を「並大抵とは思えない耐える力の持ち主」と書くが、その力は本書の随所から窺(うかが)える。
 他方、尾身氏の価値観が社会に与えた負の影響も感じざるを得なかった。
 「変えることのできるものと、変えることのできないものとを、識別する知恵を与えたまえ」は、氏を支えた一節であったという。本書で窺えるのは、氏にとって変えられるものは国民の行動、変えられないものは医療体制であったということだ。行動制限を強いながら、医療体制拡充の提言がわずかしか起こらないことは、分科会内の経済学者から度々批判されていた。
 医師の尾身氏が問題として繰り返す「医療逼迫(ひっぱく)」と「現場の負担」。でも医療の外の話になると「国民」「社会経済」と途端に主語が粗くなる。鮮明に見える世界の問題は深刻に、不鮮明な世界のそれは軽く見える。「社会経済」側のたくさんの命と困窮。今月刷新された専門家会議構成員には、そこへの鮮明さを求めたい。
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まきはら・いづる 1967年生まれ、東京大教授▽さかがみ・ひろし 1964年生まれ、読売新聞調査研究本部主任研究員。