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「ラジオと戦争」書評 「国策の宣伝部門」の実態明かす

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2023年09月09日
ラジオと戦争 放送人たちの「報国」 著者:大森 淳郎 出版社:NHK出版 ジャンル:産業

ISBN: 9784140819401
発売⽇: 2023/06/26
サイズ: 20cm/573p

「ラジオと戦争」 [著]大森淳郎、NHK放送文化研究所

 日本のラジオ放送は1925年から始まった(2年後には百周年を迎える)。その草創期は、昭和という時代の戦争と重なり合う。結果的に、このメディアはファシズム体制や戦時体制とどう向き合ったかが問われることになる。本書は、当時の関係者の証言、各種の資料をもとに歴史を立体的に組み立てて、一つの向き合い方を示している。
 ラジオはもともと政府の管掌の枠内にあったのだから、報道機関ではなく、国策の宣伝部門の役割を課せられていた。特に満州事変以後は軍事宣伝に組み込まれた。その実態が具体的に明かされていくことで、このメディアの悲劇性が浮かび上がる。
 極端なのは、太平洋戦争開戦から1年が過ぎた日(42年12月8日)のように、政府・軍の要人らの演説から「音楽や婦人向け番組、さらには子ども向け番組までもが戦争一色」になる。まさに「放送の公共性」とは、「国家意思」の具現化ということである。
 太平洋戦争下の戦時ラジオ放送は「国家のチンドン屋」であると、報道部長も務めた放送人が断言する。国民に知られずにこの役に徹した、と卑下でなく、誇りの言だと告白する。この屈折が到達点だったのだ。
 アナウンサーたちの原稿を読むのは「淡々調」で、というのが戦争前のアナウンス理論だった。淡々と平易な読み方、つまり伝達者の主観を削(そ)ぎ落とすのである。開戦前、この読み方が批判されて「雄叫(おたけ)び調」に変わる。これは破裂音があって、頭高(あたまだか)のアクセントを用いて発音すると、怒鳴っているわけでもないのに、言葉が矢のようになるそうだ。「『ダ』イホンエイ 『ハ』ッピョウ!」という具合にである。
 さらに、同盟通信配信の記事をいかに国策に合わせて改変するかなどの記述も興味深い。存命の放送人の回顧談に責任感の濃淡が出ているのも、本書の読みどころである。次代の放送人の教科書たりうる書だ。
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おおもり・じゅんろう 1957年生まれ。元NHKディレクター。ETV特集など担当。2022年、同放送文化研究所退職。