1. HOME
  2. コラム
  3. 文庫この新刊!
  4. 戦後・大阪のカオスな町の雰囲気伝える「インビジブル」 谷津矢車が薦める新刊文庫3点

戦後・大阪のカオスな町の雰囲気伝える「インビジブル」 谷津矢車が薦める新刊文庫3点

谷津矢車が薦める文庫この新刊!

  1. 『インビジブル』 坂上泉著 文春文庫 957円
  2. 『幽霊長屋、お貸しします』(一) 泉ゆたか著 PHP文芸文庫 880円
  3. 『大江戸墨亭さくら寄席』 吉森大祐著 祥伝社文庫 880円

 今回は「新鋭による広義の時代小説」をテーマに選書。

 昭和29年5月、大阪市警視庁の警察官の新城と、国警大阪府本部からやってきた守屋が大阪城付近で起こった政治家秘書の殺害事件の謎を追う(1)はサスペンス的でありつつ、現場叩(たた)き上げと帝大出のエリートの2人が反発し合い、歩み寄り、やがて互いを認め合うに至るバディものの色合いも濃い。また、戦中、戦後の空気感を引きずったカオスな社会情勢や町の雰囲気を克明に描写し物語に反映させた、広義の時代小説としても楽しむことが出来る。

 時は江戸、読売の種となる事件や風聞を集める“種拾い”の少女お奈津を主人公にした(2)は、ひょんなことからお奈津が曰(いわ)く付きの物件ばかりを持つ家守(不動産屋)の直吉と出会うことで、幽霊譚(たん)に深く関わっていく展開。子供から大人への端境期にある一人の少女の成長を丹念に描いた成長小説として構築されつつ、幽霊という超常現象から浮き彫りになる、時代相や江戸に暮らす人々の感情の綾(あや)を編み込んでいる。

 駆け出しの噺家(はなしか)小太郎とその幼なじみの代助が、ある目的のために金を稼ごうと画策、小太郎の師匠仙遊亭(せんゆうてい)さん馬(ば)と関わるうちに二人とも噺の世界に浸(つ)かってゆくに至る(3)は、切れ味のいい江戸言葉による会話が身上。粗暴で、宵越しの金を持たない代わりに、粋で温かな心を持った江戸っ子の群像を描き出している。勢いのいい、一気読み必至のエンターテインメント時代小説。=朝日新聞2023年9月9日掲載