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天文学者・渡部潤一さん「賢治と『星』を見る」インタビュー みんなの幸いを探した人の心に寄り添う星めぐりの旅へ

渡部潤一さん=松嶋愛撮影

天文オタクの賢治に親近感

――そもそも渡部さんが宮沢賢治作品に惹かれていった経緯を教えてください。

 正確にはあまり覚えてはいないのですが、おそらく小学生の頃に賢治作品を初めて読んで、中学生になっていろんな作品を読むようになった気がします。賢治の作品には星がたくさん散りばめられていて実際の星が多いものですから、天文ファンのひとりとして、どんな作品にどのように描かれているのかを知りたかったんですよね。そこからだんだんと、賢治とはどういう人で、どんな思いをもって書いたのかも知りたくなり、賢治自身、彼の人生にも興味が出てきました。特に賢治の場合、星や岩石、鉱物もよく作品に出てきて科学的な知識も豊富だったので、私のようにそういう側面から入ってくる人は多いんじゃないでしょうか。

 特に私が「賢治も天文オタクなんだな」と思ったのが、短編童話「シグナルとシグナレス」。シグナルとシグナレスが宇宙に飛び立つ合図が「アルファー、ベータ、ガンマ、デルタ」と、星の名前の後ろにつけられるバイエル符号(星座ごとに恒星の明るい順につけるギリシア文字)なんです。これを読んでものすごく親近感が湧いてきましたね。このおまじない、どこかエキゾチックな響きもあって、天文ファンなら子どもの頃に必ず呪文のように唱えて覚えるんですよ。

――渡部さんも?

 もちろん唱えましたし、覚えようとしましたね(笑)。

「ほんたうのさいはい」は他の人の幸い

――『賢治と「星」を見る』はNHK「コズミック フロント」のホームページでの連載エッセイをベースに大幅に加筆修正してまとめた一冊です。賢治の人生を天文学的視点から改めて読み解いていく作業というのは、渡部さんにとってどんな意味合いがありましたか。

 賢治の人生がどんなものだったのか、そして作品が生まれたバックグラウンドを知りたいという思いから始めた連載でした。賢治が世に出した作品を読み解きながら、その人生をひもといていく。これって、天文学のアプローチと同じなんですよね。天文学もかすかな星の光をとらえて、その光の中にある情報を読み解いていく。この本を書き終えて、賢治の人生に自分なりに寄り添えた気がしています。

 賢治の人生は誰にも真似できないような人生だったと思いますね。他の人の幸いや利を真っ先に考える人、利他の人だった。そこが賢治の魅力の一つでもあります。

――かたや人づき合いが苦手で不器用なところもありますよね。

 そうですね。完全な人っていないと思うんです。その不器用さが作品にも出ているし、賢治の人となりを物語るエピソードにも人間の強いところも弱いところも出ていますよね。

――賢治も30歳を目前にしたころから、農学校の教師を辞めることを考えたり、詩人の草野心平宛ての手紙に「私は詩人としては自信がありませんが、一個のサイエンチストとしては認めていただきたいと思います」と不安定な気持ちを吐露したりと、人生に悩んだと知り、やっぱりその年頃ってみんなが生き方を迷う時期で今も昔も変わらないのだと感じました。でも、賢治はいったい何者になりたかったんでしょう?

 いろんな役に立ちたかったのではないでしょうか。その手段はサイエンスだったり、文学だったり、あるいは肥料設計の直接指導だったりとさまざまでしたが、最終的には自分がなすことが他の人の幸せに役立っていればよかった。手段はあまり問わずに、与えられた機会を活かして他の人の幸せのために全力で走るのが賢治の生き方だったんだと思います。

――本書を書き終えて、賢治像に何か変化はありましたか。

 賢治像自体に変化はありませんでしたが、人間としての弱さも含めて賢治の人となりがさらに見えて理解が深まりましたね。

読むたびに原点に戻れる「銀河鉄道の夜」

――いちばん好きな賢治作品は、やっぱり「銀河鉄道の夜」でしょうか。本書でも100ページ以上を割いています。

 やはり「銀河鉄道の夜」です。うまくいかなかったり、つまずいて悩んだりしたときに何度も読み返してきました。文学作品は読み手側が人生経験を重ねていくと、読み返したときに違って見えてくることがあると思いますが、やっぱりこの作品も読み返すたびに新たな発見があります。つまずいていることや悩みを解決できるわけではないんですが、読むと原点に戻って落ち着くことができるんです。

 本にも書きましたが、天文ファンとしては、第3次稿でカットされてしまった、いるか座の部分は残してほしかったですね。天の川を泳ぐイルカの描写が第2次稿まではあったんです。

ところがそのときジョバンニは川下の遠くの方に不思議なものを見ました。それはたしかになにか黒いつるつるした細長いものであの見えない天の川の水の上に飛び出してちょっと弓のやうなかたちに進んでまた水の中にかくれたやうでした。

「銀河鉄道の夜」第2次稿より

 「銀河鉄道の夜」は改稿を重ね、完成形ではなく草稿の形で残されたものです。冒頭の教室のシーンで天の川の正体を説明するくだりがありますが、このシーンは最終稿である第4次稿になって初めて登場します。天の川は私たちが住む銀河系を内側から見た姿だというのは今では常識ですが、当時はまだあまり知られていませんでした。賢治も第3次稿までは知らなかった可能性があります。科学者になりたいとも思っていた賢治ですから、第4次稿を書く際にこのことを知って驚き、これは入れなくてはと思ったのかもしれません。

 「銀河鉄道の夜」の最終稿は、本当の意味での最終稿ではないと言われています。私もそう思うんですよ。賢治がもう少し長生きしていたらきっと違う形になっていたんじゃないかなという気がします。

――今年の9月21日で没後90年となります。この時期の夜空とともに楽しめる作品を教えてください。

 「星めぐりの歌」ですかね。「あかいめだまの さそり」と夏のさそり座から始まりますが、「オリオンは高く うたひ」「アンドロメダの くもは さかなのくちの かたち」と、秋の空も出てきます。秋の空は一等星が少なくて寂しいのですが、それでも遅い時間になるとオリオン座が高く上がってきます。アンドロメダ銀河は200万光年から230万光年彼方にある銀河のひとつで、肉眼ではなかなか見えないのですが、天の川が見えるようなところでしたら、賢治が「さかなのくち」と表現した光の雲が見えるかもしれません。それと、やはり9月は、中秋の名月、お月見じゃないでしょうか。「春と修羅」など賢治の作品にも月はよく出てきます。ぜひ賢治の作品とともに星や月を眺めてみてください。

――最後に、この本をどんな方々に届けたいですか。

 星に興味がなくても賢治に興味がある人にはぜひ読んでほしいですね。賢治ファンは賢治作品の読み解き方はたくさんあることを知っていると思うのですが、「星」という切り口で賢治の一生に寄り添いながら辿る形というのは今までなかったと自負しています。

 逆に、星が好きだけど賢治作品を今まで読んでこなかった人もぜひ。賢治が天文ファンに非常に近くて、さまざまな形で天体を表現したことを知ってほしいです。