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「数学者たちの黒板」書評 頭の中の世界切り取るのぞき窓

評者: 石原安野 / 朝⽇新聞掲載:2023年09月23日
数学者たちの黒板 著者:徳田 功 出版社:草思社 ジャンル:写真集

ISBN: 9784794226570
発売⽇: 2023/07/18
サイズ: 19×26cm/239p

「数学者たちの黒板」 [著]ジェシカ・ワイン

 世界各地の数学者たちの黒板の写真。そして、その数学者たちによる数学と黒板についてのエッセーが集められている。
 黒板には二つの主要な機能がある。情報を記録することと伝達することだ。この二つの機能の電子化が進む昨今ではあるが、その柔軟さにおいて未(いま)だ黒板の右に出るものはいない。
 まずは一人で黒板と向き合い、頭の中の具象化されていないアイデアを形にするときに最適だ。もちろんこれはノートでもいい。しかし、その情報を、通りすがりの不特定多数の人に伝えたくなる可能性を考えると黒板にはかなわない。一人、また一人と議論に加わり、黒板の前で対峙(たいじ)するということはよくある。ホワイトボードもいいが、ペンの蓋(ふた)を開けたまま考え込んでいると焦りが生じるし、書いたものを長く消さずにいるとこびりつく。そして私が選んだペンのインクは大抵切れている!
 チョークは日本製が良いと複数の数学者が書いているのが微笑(ほほえ)ましい。チョークのネックは粉が出ることで、そこではホワイトボードに軍配が上がる。黒板は手が真っ白になっても意に介さない人に向く。
 本書を手に取ったら、ぺらぺらと写真を眺めたい。黒板には文様のような図形や数式が並ぶ。数学者たちの黒板は抽象的で、頭の中にある世界を切り取るのぞき窓のよう。本書にまとめられた109人の数学者――名を成した数学者から大学院生まで、出身も様々だ。女性数学者も少なくない――の言葉は、板上での議論の魅力を語る。
 数学者たちはいかに数学の道を歩むことになったのか。パズルが好きで。経済的理由で。異性の気を引きたくて。幼少期の本や、先生との出会い。きっかけは学者の数だけあり、そこに王道はない。だが、数学者への道の傍らには、黒板と黒板の前での議論があった。原著タイトルは「DO NOT ERASE(消さないで)」。議論はこれからも続く。
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Jessica Wynne 1972年生まれ。写真家。米ファッション工科大准教授。イエール大芸術学部で修士号。