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「テレビマン伊丹十三の冒険」書評 虚構性を遊び心たっぷりに解体

評者: 山内マリコ / 朝⽇新聞掲載:2023年10月14日
テレビマン伊丹十三の冒険 テレビは映画より面白い? 著者:今野 勉 出版社:東京大学出版会 ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784130530323
発売⽇: 2023/06/28
サイズ: 20cm/266p

「テレビマン伊丹十三の冒険」 [著]今野勉

 何年か前にCS放送で、「13の顔を持つ男 ~伊丹十三の軌跡~」という番組を見た。映画監督のイメージが強いが、もとは俳優であり、エッセイストとしても高名。のみならず、的確で洒脱(しゃだつ)な線描を描くイラストレーター、「日本一美しい明朝体」を生み出した商業デザイナー、精神分析の専門誌の編集長、チャーミングなユーモアで視聴者のハートを摑(つか)むCM作家など、比類のない異才だったことを知り仰天した。とりわけ意外だったのが、テレビへの入れ込みぶりだった。
 一九七一年から七七年まで、伊丹十三は「遠くへ行きたい」や歴史ドキュメンタリー「天皇の世紀」といった番組に出演。米軍放出品のジャケット姿で飄々(ひょうひょう)とカメラに映るだけでなく、制作チームの一員として深く関わるなど、「テレビに夢中」だった。本書は「テレビマンユニオン」創立者の一人であり数々の番組制作を共にした同志が、評価される機会の少なかった、テレビマンとしての伊丹十三をふり返る。
 番組作りの特徴を挙げるなら、テレビの虚構性を遊び心たっぷりのメタ視点で解体してしまう実験精神、だろうか。用意周到だった伊丹十三が、ドキュメンタリーとは何かに目覚め、テレビという“おもちゃ”で遊びはじめる過程がいい。彼の才気煥発(さいきかんぱつ)ぶりに触れると、なぜかこちらにも活力が湧くのだ。
 たしかに当時は「技術革新と表現が互いに追っかけっこをするという幸福な時代」。現在の、幼稚なまま年老いたようなテレビでは考えられない自由さが漲(みなぎ)る。ただし、時代が自由だったからあんなことができたというのは違うと著者は言う。それを可能にしたのはおそらくこの精神だ。
 「ただ一つ、いい仕事がしたい、これなんです」
 己の才を隅々まで使い尽くせる職業として、遂(つい)に映画監督になったのは五十一歳のときだった。そこへ至る、大いなるミッシングリンクを解き明かす一冊だ。
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こんの・つとむ 1936年生まれ。演出家・脚本家。TBSを経て1970年に仲間とテレビマンユニオン創立。