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オカルトに魅せられた作家たち 歴史を知り、魅力を再確認する3点

入門書にもなるブックガイド

 今月はゲイリー・ラックマン『ダーク・ミューズ オカルトスター列伝』(谷川和訳、国書刊行会)を楽しく読んだ。18世紀から20世紀まで、オカルトという「闇の詩神」に導かれて創作活動を展開し、ときには実践にまで手を染めた作家や詩人たちの生涯を綴ったユニークな列伝である。

 取り上げられているのはゲーテやバルザック、モーパッサンなどの有名作家から、ブラックウッド、マッケンなどの怪奇作家、さらには神秘家スウェーデンボルグや魔術師クロウリーなど、文字通りの「オカルトスター」まで40人。ベールに覆われたオカルトの世界は、感受性豊かな作家たちに多大なインスピレーションを与え、歴史的名作を生み出す契機となった。あの作品もこの作品も、背景にオカルト思想があったのか、と読者はきっと驚かされるにちがいない。ノヴァーリスの『青い花』やボードレールの『悪の華』を、オカルト的観点からあらためて読み返してみるのも面白そうである。

 ミュージシャンから作家に転身したラックマン(ロックバンド・ブロンディの初期メンバーだった)の文章は、専門的な話題を扱っていながら重苦しいところがなく、ときにユーモラスで読みやすい。ポーランドのポトツキやロシアのブリューソフなど、英語圏以外の作家もフォローする目配りの広さも美点だろう。

 近代オカルト思想の入門書としても、欧米オカルト文学のブックガイドとしても役に立つ一冊。紹介されている作品の多くには邦訳があるので、興味がある方は本書片手に、オカルト文学の達人を目指してほしい。

魔女や悪魔の恐怖と魅惑味わうアンソロジー

 オカルトを扱った作品をもっと読んでみたい、という人にぴったりのアンソロジーが出た。紀田順一郎・荒俣宏監修『新編怪奇幻想の文学4 黒魔術』(牧原勝志編、新紀元社)は、魔女・悪魔・魔術師・魔道書など、いわゆる「黒魔術」に関するテーマの物語13編を収めている。

 巻頭に置かれているのは、有名なセイラム魔女裁判を背景にしたホーソーン「若いグッドマン・ブラウン」。この作品や、悪魔崇拝者の老婆がおぞましい最期を遂げるスティーヴンスン「ねじけジャネット」、邪悪な力に侵攻されつつある大聖堂を描いたデ・ラ・メア「オール・ハロウズ大聖堂」などを読むと、キリスト教圏の読者にとって魔女や悪魔の存在が、いかに生々しい恐怖の対象であったかがよく分かる。

 では異なる文化的背景をもつ私たちに黒魔術小説は楽しめないのか、といえばそんなことはない。さまざまな呪いや、人を意のままに操るオカルト結社の不気味さは、文化の壁を越えて迫ってくるものがあるし、森の中での魔術儀式やよみがえった死体といった頻出する怪奇的趣向は、ホラーファンの心をそそらずにはおかない。

 テーマが重なるので当然といえば当然だが、『ダーク・ミューズ』で取り上げられた作家の何人かはこのアンソロジーにも登場している。たとえばブラヴァツキーの「魂を宿したヴァイオリン」は人間の腸を使ってヴァイオリンの弦を作り、名手パガニーニに挑戦するという奇想の呪物怪談だ。著者独自のオカルト思想を背景にした力強い物語が展開しており、傑作揃いの13編中でも特に印象的だった。

ゴーレム伝説を題材にしたファンタジー小説

 3冊目は現代日本のエンタメ作品を。高丘哲次『最果ての泥徒(ゴーレム)』(新潮社)は、日本ファンタジーノベル大賞受賞作家による第2長編。

 物語は19世紀末、ヨーロッパの小国・レンカフ自由都市で幕を開ける。主人公のマヤ・カロニムスは、父イグナツと同じ尖筆師(リサシュ)を目指す12歳の少女だ。尖筆師とは泥でできた人形にかりそめの命を吹き込んで、従者を創り上げる者たちのこと。若くして初めての泥徒・スタルィを創造し、尖筆師としての道を歩み始めたマヤだったが、そんな矢先、イグナツが何者かに殺されてしまう……。

 「ゴーレム」といえばユダヤ教の伝承に登場する、魔術で動く泥人形だ。『ダーク・ミューズ』でも取り上げられたマイリンクの幻想小説『ゴーレム』の題材となったことでも知られる。本作の泥徒はそうした背景を踏襲しつつ、神秘的図像「生命の木」に由来する文章を刻むことでさまざまな能力が与えられる、という独自のオカルト設定が付け加えられている。

 面白いのはこの泥徒が、新たな産業として社会に浸透しつつあること。つまり本作は“もしゴーレムがロボットのように普及したら?”というifを描く、歴史改変ファンタジーなのだ。

 父を殺し、家宝の「原初の礎版」を奪った犯人を探して、マヤはアメリカ・日本・ロシアと旅を続ける。その傍らにはいつも、彼女によって創造されたスタルィの姿があった。人と人ならざるものの関係性を描くバディものにして、手に汗握る壮大な冒険物語。ゴーレムを題材にしたからこそ生まれた、神秘的・魔術的なクライマックスと深いテーマにも注目してほしい。