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「道徳的に考えるとはどういうことか」書評 規則を押し付け合うのではなく

評者: 有田哲文 / 朝⽇新聞掲載:2023年10月28日
道徳的に考えるとはどういうことか (ちくま新書) 著者:大谷 弘 出版社:筑摩書房 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784480075864
発売⽇: 2023/10/06
サイズ: 18cm/235p

「道徳的に考えるとはどういうことか」 [著]大谷弘

 「道徳」という言葉はあんまり好きじゃない。小学校の「道徳の時間」は退屈だった記憶しかない。みんなで話し合おうという割には、最初から答えが決まっている気がした。それでも「道徳的に考えるとは」の問いかけに刺激され、本書を手にとった。果たして内容も十分に刺激的だった。
 冒頭、セクハラ問題について、テレビの街頭インタビューの場面が出てくる。会社員風の男性が「昔とルールが変わってしまって難しくなりましたね。何が正しいルールか教えてほしい」と語っている。著者によれば、この考え方は「非道徳的」だという。
 なぜなら被害者の苦しみに対する感覚が抜け落ちているからだ。押し付けられた規則の変化としか問題を捉えていない。道徳的思考とはそういうものではなく、自分の理性、想像力、そして感情を総動員した「ごちゃごちゃした活動」なのだと著者は主張する。
 感情の役割を語るのに例示されるのが「ハックルベリー・フィンの冒険」だ。父親から逃げ出した少年ハックは、黒人奴隷のジムと川を下る。しかし、あと少しで奴隷制のない州に入りジムが自由になれるというところで、ハックは悩む。
 この時代、奴隷逃亡を助けるのは道徳上の重大な罪だった。逃亡を通報することが理性的な行動だと考えられていた。葛藤の末、ジムへの同情心という感情が、理性にまさる。感情は偏見や排除にも結びつく厄介なものだが、うまく付き合えば、正しい行動を取るための力になるのだ。
 多岐にわたる論点やトピックの全てに、賛同できるわけではない。想像力については、その役割に期待しすぎではないだろうか。道徳的思考に歌の助けを借りるのはいいとしても、この曲が適切なのか。著者は答えを押し付けるような書き方をしない。読者にごちゃごちゃと考えさせてくれる。
 道徳という言葉が、少し好きになった。
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おおたに・ひろし 1979年生まれ。東京女子大准教授。著書に『ウィトゲンシュタイン 明確化の哲学』など。