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背筋「近畿地方のある場所について」 虚実を漂う邪悪なたくらみ

 ネットに投稿されて話題を呼んだホラー小説の書籍化。

 語り手である私(背筋)は年下の友人・小沢から連絡を受ける。大学卒業後、出版社に就職した小沢は、有名オカルト雑誌の別冊の編集を任されていた。企画のヒントを得るため雑誌のバックナンバーを読み進める小沢は、少なからぬ数の怪談記事や事件ルポに、近畿地方のとあるエリアがたびたび登場することに気づく。さらに調べを進めると、ネットの匿名掲示板の投稿や出版社に届いた読者の手紙にも、その場所が登場していることが判明。小沢はフリーライターでオカルトに詳しい私に協力を依頼してくる、というのが物語の序盤である。

 作中には考察の手がかりとなるような文章が、オムニバス形式で多数掲載されている。様々な怪奇体験談にインタビューのテープ起こし。これらの断片はいわばパズルのピースだ。一見繋(つな)がりのない各エピソードをじっくりと読み比べるうち、山に囲まれた一帯を中心に広がる、おぞましい怪異の存在が明らかになる。このミステリー的な構成が巧みで、パズルの全体図が見えた瞬間、ぞっと鳥肌立った。

 あえて野暮(やぼ)を言うなら、本作はよくできたフィクションなのだろうと思う。しかしその事実を忘れてしまうほど、各章の語りは真に迫っており、あたかも実在する土地のタブーに迫っているような緊迫感と恐怖を味わえる。この虚実の間(あわい)を漂うような感覚も大きな魅力だ。

 このように実録を装ったフィクションのことを「モキュメンタリー」と呼ぶ。モック(まがいもの)+ドキュメンタリーの意だ。映像畑から広まった用語だが、小説でも作例は多く、近年も怪談ライター・梨の『かわいそ笑』、ユーチューバー・雨穴の『変な家』などヒット作が相次ぐ。虚構と現実の境界を突き崩すモキュメンタリーの手法は、ホラーとの相性が抜群。本作にも読み終えたことを思わず後悔するような、実録風ならではの邪悪なたくらみが隠されている。=朝日新聞2023年10月28日掲載

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 KADOKAWA・1430円=4刷8万部。8月刊。小説投稿サイト「カクヨム」で1~4月に連載され、累計1600万PV超。