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「死者宅の清掃」/「金は払う、冒険は愉快だ」 残された「物」を介し弔う者たち 朝日新聞書評から 

評者: 小澤英実 / 朝⽇新聞掲載:2023年11月04日
死者宅の清掃 韓国の特殊清掃員がみた孤独死の記録 著者:蓮池 薫 出版社:実業之日本社 ジャンル:ノンフィクション・ルポルタージュ

ISBN: 9784408650272
発売⽇: 2023/08/03
サイズ: 19cm/206p

金は払う、冒険は愉快だ 著者:川井 俊夫 出版社:素粒社 ジャンル:小説

ISBN: 9784910413112
発売⽇: 2023/09/13
サイズ: 19cm/201p

「死者宅の清掃」 [著]キム・ワン/「金は払う、冒険は愉快だ」 [著]川井俊夫

 人が死ねば物が残る。どれほど社会から孤絶し困窮していても、故人の命を繫(つな)いでいた最後の物たちは遺骨とともに残る。その取り扱いを生業にした著者による二冊は、対照的ながら共通点の多さに驚かされる。
 『死者宅の清掃』は韓国で、自死や孤独死した人の部屋やゴミ屋敷などを片付ける、特殊清掃業を営む著者の経験を集めたエッセー集。「この世にキャンプだけをしに来たかのように」自室にピンク色のテントを張り、わずかな所持品を遺(のこ)して自殺した28歳の女性の部屋。尿の入ったペットボトルが隙間なく詰め込まれた部屋。読むだけで吐き気を催す汚部屋の数々に潜む物語は、読者の想像を絶している。
 著者いわく「孤独死の先進国」である日本の類書と異なるのは、語り手の情感とユーモアに溢(あふ)れた眼差(まなざ)しだ。私情は捨て去るべきところ、彼はセンチメンタルなほど感情豊かに死者に寄り添う。部屋の主に「あなた」と呼びかけ、遺族にもらい泣きをする。常軌を逸した室内の状況から、故人の心情を「少しでもきちんと理解」したいと彼は願う。その清掃は弔いであり、こんな出会い方しかなかった他者への愛に満ちている。
 一方、買取り専門の古道具屋を営む『金は払う、冒険は愉快だ』の著者は、遺品や不用品の回収依頼の労苦の多さに、「クソったれ」を連発して毒づきながら、誰より誠実な仕事をする。売却後に依頼主の気が変わった品を取り戻すべく奔走し、隣人の増えすぎた猫の引き取り手を探し回る。そもそも彼の店じたい、急逝した同業者の店をそっくり引き継いだものだ。「俺は品の持ち主の最後の理解者になる」と著者が言うように、遺品を供養し、転生させて市場に送り出す彼もまた弔う者だ。
 評者は若い頃、著者がホームページに書いていた無頼なテキストに心酔していた。それは毎夜、インターネットの暗い海に潜って見つけた「私の」宝だった。それから20年余り経ち、本書と出会い驚いた。見知らぬ誰かが送り出す物たちに、自分もまた生かされていた。
 両書とも、仕事の内容以上に、語り手の個性に魅せられる。はっとするのは、どちらの著者も、根源的な罪悪感に駆り立てられていることだ。人間をこんなふうに追い詰めるクソったれな社会と、そこに加担せずに生きていけない自分への後ろめたさは、社会の噓(うそ)に誰より敏感であることの証左だろう。
 人は生まれるのも死ぬのもひとりだが、誰の手も煩わせずに生きて死ねる人はいない。この二冊を読むと、改めてそのことの底しれぬ恩寵(おんちょう)に気づく。
    ◇
キム・ワン ソウル生まれ。会社員、日本滞在を経て帰国し、特殊サービス会社「ハードワークス」設立▽かわい・としお 1976年生まれ。関西で古道具店を経営。1990年代から2000年代にかけテキストサイトを運営。