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「昭和 街場のはやり歌」書評 社会の深層の真相に近づき語る

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2023年11月04日
昭和街場のはやり歌 戦後日本の希みと躓きと祈りと災いと 著者:前田 和男 出版社:彩流社 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784779129209
発売⽇: 2023/08/08
サイズ: 21cm/285p

「昭和 街場のはやり歌」 [著]前田和男

 「はやり歌」から戦後日本の深層を見るという試みの書だが、二十数曲に及ぶ歌の背景、歌手の人生、歌の生命を豊富なエピソードで語り継ぐ。図らずも歌謡社会学というべきジャンル創出の感さえしてくる。
 江利チエミが歌う「テネシー・ワルツ」が語られる。彼女の人生、この歌を挿入歌として使う映画「鉄道員(ぽっぽや)」の高倉健との人生の挫折、さらに坑夫を演じる志村けんらを通して、国鉄と炭鉱の切り捨てに気づいた時に、「昭和への惜別の挽歌(ばんか)」と説くのである。
 ストイックな生活を守る植木等が歌った「スーダラ節」などのサラリーマンソング(サラソン)シリーズ。病でサラリーマンになれなかった青島幸男の恨み節、それを悩みながら歌う植木が、妬(ねた)みを消してサラリーマンの応援歌に変えたという分析も、相応に説得力を持っている。
 著者はいわば全共闘世代であり、異議申し立ての闘争に参加した。しかしこうした運動に参加したのは、結局学生の5%程度だという。大半は青春を謳歌(おうか)し、いい会社を目指した。著者はそのような生き方をしなかったが故に、戦後社会の深層の真相に近づけたと自負する。
 なるほどと頷(うなず)けるのが、美空ひばりが歌った「一本の鉛筆」という反戦平和の歌である。1974年の第1回広島平和音楽祭で歌われた。しかし、一般にはそれほど知られていない。何故(なぜ)か。音楽祭など広島で歌うことに、被爆者団体などの抗議があったからのようだ。ひばりの関係者と暴力団の関係を嫌ったからとされる。著者はその経緯を追いかけ、ひばりが松山善三の作詞にいかに強い思いを持っていたかを明かす。父の出征と横浜大空襲が彼女の反戦の原風景だと解析する。ひばりはこの反戦歌を「民衆」に問うたのである。
 そのほか「東京音頭」や「カチューシャ」、テレサ・テン、山口百恵、三波春夫、藤圭子らの歌の分析も著者の洞察は鋭く深い。
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まえだ・かずお 1947年生まれ。ノンフィクション作家、翻訳家。著書に『男はなぜ化粧をしたがるのか』など。