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辻井南青紀さんの思春期に結びついたライヒの「八重奏」

©Getty Images

 世代なのか、今でもカセットテープが数百本、仕事部屋の引き出しに眠っている。CDはなんとなくぞんざいに扱ってしまうけど(若い頃は風呂場の壁に、髭を剃る鏡代わりに貼りつけていた)、カセットテープは今の今までひとつも捨てていない。この中に、絶対失くしてはいけないテープが、1本ある。TDKの、水色のパッケージのカセットテープだ。

 15歳の頃、NHK-FMで「現代の音楽」という番組を聴いていた。毎週日曜の夜11時から1時間、他では聴けない当時最新の現代曲を、洋の東西を問わずたっぷり聴けた。
 その夜の放送で、スティーブ・ライヒの『八重奏曲』がかかった。ライヒは「ミニマル・ミュージック」の第一人者だ。ウィキペディアには、「ミニマル・ミュージック(Minimal Music)は、音の動きを最小限に抑え、パターン化された音型を反復させる音楽」とある。確かに、他のミニマル・ミュージックの作曲家の作品は、ほとんど同じ旋律を執拗に繰り返している、ようにも聴こえる。

 けれど、このスティーブ・ライヒの『八重奏曲』は、よくよく聴くとまったく違う。
 弦楽カルテットと2台のピアノ、そしてサックス、クラリネット、フルート、ピッコロなどの管楽器をふたりの奏者が交代して担当する編成で、総勢8人で演奏される。アクロバティックなピアノのフレーズは、何度繰り返して聴いても、脳から指先に向かって恍惚とした微電流が走る。走りっぱなしになる。ピアノと管弦楽ユニットそれぞれの主要なフレーズが果てしなく反復されながら、お互いに少しずつリズムをずらし、全体としての聴こえ方が刻一刻と変わっていく。
 こんこんと光って湧き出てくる音の奔流の中に、その瞬間ごとに確かに聞こえて来る「音の像」があって、ほんの数小節分の絶妙なアンサンブルが、現れては消えていく。曲の中で幾度か起こる劇的な転調は、新しい太陽が昇って来るような輝かしさだ。
 この、とうとうと流れる圧倒的な音楽エネルギーの渦中にいると、音楽と一緒に疾走する自分を体感する。輝きながら疾走する軽量級の水晶特急が、脳裏にありありと浮かぶ。17分半の間、透き通った恍惚感と、背中に羽根が生えて羽ばたいていくような全能感に、全身を貫かれ続ける。

 この夜放送された演奏に勝るバージョンには、いまだに出会ったことがないのに、いつ、どこの誰の演奏だったのかわからない。テープ本体がよじれて壊れかけ、だいぶ危うかったのを、なんとか直して聴いてきた。
 日本の現代音楽の大家、湯浅譲二氏は「私にとって音楽とは、音響エネルギー体の空間的・時間的推移である」とおっしゃっているらしい。まさにこの『八重奏曲』そのものではないかと思う。
 久しぶりに聴こうとして、このところ探している。聴きたいときに手を伸ばせばそこにあるように、これまでどんな部屋に住んでも、常にカセットテープのライブラリの一番表に置いていた。

   ◇

 高校生の頃、親友と一緒に放送部に入っていた。主な仕事はお昼休みにどんな音楽をかけるかということで、ある日、満を持してこの『八重奏曲』のテープをかけたら、まだ半分ほどで、清掃のおばさんが単身、放送室に怒鳴り込んできた。
「……なにこの音楽? おんなじ繰り返し、やめて!」
 猛抗議を受け流して最後まで放送した。この曲が学校中、津々浦々にまで響き渡るさまが、なにより快感で誇らしかった。この瞬間を忘れない、と思った。……今ここにいる全員が、学生も先生も、みんなこの曲を聴いている。
 教室に戻ってみんなの反応を聞くと、いつにも増して不評だった。弁当がまずくなったと言われた。

 スティーブ・ライヒのことを、思春期の自分が発見したように思い込んでいたけれど、そうじゃなかったことに最近気づいた。
「こういうすごい音楽がある」と教えてくれた同級生がいた。
 中学生なのに180センチくらい背丈があった。色白で、ちょっとおかっぱ髪で、大きな黒い眼に太い眉をしていた。からだが硬くて、体育の時間の走り幅跳びでは、からだを突っ張らせたまま砂場に突っ込んでいった。そのあとはクラスでいちばんジャージが土まみれだった。ふだんは無口で鋭い目をして、めっぽう頭が良くて、参考書や塾に一切頼らず、学校の教科書のみで勉強していた。
 最初はとっつきにくかったけど、たぶんある時から、何かの話をしたことがきっかけで仲良くなった。こっちが勝手に接近しただけだったかもしれない。
 中学生なのに、互いに敬語で話していた。中学生なりに、何か難しい概念的なことや哲学的なことを懸命に話そうとしていた。こっちが何かを言うと、その百倍、思慮に富んで奥深いことばや考えがすぐに返って来た。彼の知的な側面に触れて、うんざりするような中学時代から、精神的に脱け出せたと思う。
 学園祭の時期、教室をひとつ借りて、お互いがふだん考えたり話したりすることを、教室の前と後ろの黒板に目いっぱい書き殴って、たったひとりかふたりのお客の前で、マイクを手に、黒板に書いたことを声に出したり、歩いてみたりして、何か重要なことを発表した(気になった)。
 その当時の自分が何を考え、何を発していたのか、ほとんど思い出せない。恥ずかしいことばかりだ。

 もうすぐ中学を卒業という頃になっても、彼がどこでどんな風に暮らしているのか、そればかりか、中学を卒業したあとはどうするのか、何も知らなかった。確か、卒業式直後の教室でのごった煮めいた騒ぎの後、筒に入った卒業証書を手にみんながどっと下校するという時だったか、それよりも少し前の頃だったか。
 とにかく、どういうつもりでか、下校する彼のあとを、気づかれないよう、つけていった。どうしてそんなことをしたんだろうと今では思う。その時、ひとりではなかった気がする。誰か友人と一緒に、面白半分で、いったい彼がどこに住んでいるのか突きとめたくなって、あとをつけた。
 かなり遠くの山あいのところまできて、こんなところあったのか、来たことないな、とちょっと不安になっていると、彼は、周囲を鬱蒼とした木立に囲まれた古いベニヤのアパートの敷地へ入って、錆びた階段を二階へ上がっていった。単身者が住むような感じの、ひっそりした木造アパートだった。つけてきていた僕らは、見てはいけないものを見たようになって、そこから黙って帰っていったと思う。

 それから数か月して、電車をいくつか乗り継いで片道1時間半かけて高校に通い始めた頃、家から2駅ほどの乗り換えの大きな駅の通路で、彼を見かけた。軍手をして、駅のキヨスクに新聞のでかい束をかついで、卸していた。バカなことに、働いている最中の彼に声をかけた。中学生の頃と同じような気持ちで。
 彼はほとんどこちらを見なかった。働く手を休めず、目もあげず、黙々と新聞の束を切っていた。問いかけたことばに、ほとんど答えもしなかった。これはバイトじゃないということは見てわかった。学生なら、この時間は高校に通っている。
 卒業してたった数カ月のことなのに、もう別人のように、大人として働いている彼の目に、こっちはどう映っているんだろうと思うと、その時、ひたすら恥ずかしかった。
 どうして恥ずかしく思ったのか。いや、むしろ、そんな風に思うのは彼に対して失礼だったんじゃないか。でも、彼の目に映る自分を恥じた気持ちが、今でもずっと焼きごてのように消えないでいる。
 それから彼には会っていない。今、どこでどうしているかも知らない。

   ◇

 小説は結局、人間(主人公)を描いてナンボの世界だと、この歳になってようやくわかった。けれど、できれば人間の内奥に立ち入って何かを描き出すということから遠ざかっていたい。恥ずかしいし、苦しいし、どうにもいたたまれない。
 この場合の「人間」とは、ほぼイコール「自分自身」だ。でも、そうするしかないところまで来てしまった。もう引き返せないし、引き返す時間もない。

 スティーブ・ライヒの『八重奏曲』のカセットテープが、いまだに見つからない。処分なんかしていないはずで、絶対にこの部屋の中のどこかにあるはずが、どうしても見つからない。