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愛しい、でも怖ろしい…… 進化する日本のホラー小説の新しい波を感じる3点

史上初の3冠新人登場、情緒あふれるホラー長編

 日本ホラー小説大賞といえば、ホラー作家の登竜門として知られる新人賞。2019年に横溝正史ミステリ大賞と統合し、横溝正史ミステリ&ホラー大賞となった後も、新世代のホラー作家を次々と輩出している。北沢陶の『をんごく』(KADOKAWA)は同賞の大賞受賞作で、読者賞とカクヨム賞とあわせ史上初の3冠受賞を達成した話題作だ。

 大正時代の大阪、商人の町として栄えた船場が主な舞台。主人公の壮一郎は裕福な呉服屋の長男で、商いは姉夫婦に任せ、画家としての道を歩んでいた。ところが妻・倭子(しずこ)とともに移住した東京で関東大震災に遭遇、倭子はその際に負った怪我がもとで命を落としてしまう。

 悲しみに暮れる壮一郎は天王寺の巫女を訪ね、倭子の霊を降ろそうとするが、うまくいかない。「気をつけなはれな」「奥さんな、行(い)んではらへんかもしれへん。なんや普通の霊と違(ちご)てはる」。こうした巫女の不吉な言葉を裏づけるように、壮一郎の周囲では奇妙な現象が起こり始める……。

 たとえ幽霊であっても死別した人に会いたい、という思いは誰しも一度は抱くことがあるだろう。怪談やホラーはこうした切なる願いに応えるフィクションとして、古くから存在してきた。幸せな新婚生活を突如断ち切られた壮一郎も、幽霊となって現れた倭子の存在を受け入れ、肯定しようとする。悲しみと喪失感に由来する壮一郎の行動は、決して突飛なものではない。

 しかし、死者と生者の間には決して超えられない一線がある。作者はその残酷な現実を、リアリティに満ちた怪異描写によって壮一郎に突きつける。本作がホラーとして優れているのはこの部分だ。愛しい、でも怖ろしい。ふたつの相反する感情は、壮一郎と読者を混乱させながら、やがて訪れる真の別れの瞬間を準備する。

 物語はエリマキと呼ばれる死霊喰いの物の怪が登場する中盤から、よりエンターテインメント色を強め、なぜ倭子が成仏していないのか、という謎に迫っていくが、喪失からの回復、というメインテーマは最後まで一貫している。さまざまな謎が解かれた後、壮一郎の心にどんな変化が訪れるのか。『をんごく』(遠国の意)というタイトルと響き合う哀切な幕切れを、ぜひとも見届けていただきたい。情緒あふれる大正期大阪の風景、懐かしさを感じさせる船場言葉の台詞も大きな魅力だ。

悪意に満ちた連作を卓越した筆力で読ませる

 現代のホラーシーンで目立った活躍を見せているのが、小説投稿サイト「カクヨム」から世に出た作家たちだ。『食べると死ぬ花』(新潮社)はそんなカクヨム勢の筆頭ともいえる人気作家・芦花公園による連作短編集。

 各話の主人公は、同居する姑に苦しめられる主婦、成功者に憧れる会社員、幼い子を失った母親など、それぞれに悩みや葛藤を抱えている。そこに現れるのがニコと名乗る絶世の美青年。ニコは言葉巧みにかれらに近づくと、石や箱、壺などの品物を分け与える。それが通常の親切心から出た行動でないことは、各話のラストに用意されたあまりにも悲惨な幕切れから明らかだろう。

 作者は人の姿をした超越的な存在(美青年として描かれることが多い)が、人々を翻弄し、蹂躙するさまを好んで描いてきた。本連作もまさにその系統に属するオカルトホラー。ニコとの出会いによって心の歯止めを失った主人公たちに、目を覆いたくなるような運命が待ち受ける。よくもまあここまで、と感心してしまうほど悪意に満ちた連作だが、作者の卓越した筆力はそれを面白く読ませてしまう。

 それにしてもニコとは何者なのか。作中に散りばめられたキーワードから正体を推測することはできそうだし、事実ネット上で考察を披露している読者もいる。こうした読者参加型の作品作りは、目下話題の背筋『近畿地方のある場所について』などとも共通する、現代ホラーのひとつの傾向だろう。

ホラーの各ジャンルの魅力を的確に提示

 株式会社闇編著『ジャンル特化型 ホラーの扉 八つの恐怖の物語』(河出書房新社)は人気作家8名によるホラー短編に、各地でおばけ屋敷やイベントを手掛けるホラー専門の会社・株式会社闇が解説を付した書き下ろしのアンソロジー。

 8編の収録作はそれぞれホラーの代表的なサブジャンルを扱っており、たとえば澤村伊智が心霊ホラーを、芦花公園がオカルトホラーを、瀬名秀明がSFホラーを、梨がモキュメンタリーホラーを書き下ろしている。通読すればホラーにはどんな種類があり、そこにどんな面白さがあるのかを具体的に理解できるというわけだ。

 この企画の時点でもう“一本勝ち”だが、各話の後に置かれた編著者解説がまた良い。モンスターホラーには怖さだけでなく「カッコよさ」の要素がある、怪談の恐怖は語り方から生まれてくる、などホラーの楽しみ方が分かりやすく説明されており、ホラー入門に最適だ。ホラーを「誰が」「何を」「なぜ」などの5W1Hに分類したのもひとつの発明。なるほど、こうすることで近年のトレンドであるデスゲームものや謎解き系のサスペンスまで、ホラーの網目に収めることができるのだ。

 10代向けの教養書シリーズ「14歳の世渡り塾」の一冊だが、作家たちは全力投球でこの企画に答えており、大人のホラーファンにも読み応え十分。たとえば梨「民法第961条」はこの本を読んでいる経験そのものを作品に包含してしまう、凝った趣向のモキュメンタリーホラーだ。活字以外の表現とクロスオーバーしながら発展を続ける、ホラー小説の今を感じられる一冊になっている。