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自閉症の息子と母の歩み描く「発達障害に生まれて」 安田浩一が薦める新刊文庫3点

  1. 『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年』 松永正訓(ただし)著 中公文庫 968円
  2. 『久米宏です。 ニュースステーションはザ・ベストテンだった』 久米宏著 朝日文庫 990円
  3. 『デパートの誕生』 鹿島茂著 講談社学術文庫 1221円

 (1)少年が関心を向けたのは便器だった。公衆トイレに入るとメーカーや品番を確かめる。形状や特徴を記録する。そのうち水流音を聞くだけで便器の種類を特定できるまでになった。特別な能力を持つ少年は、しかし、会話で他者と信頼関係を結ぶことはできない。不審者と間違われて警察に通報されることもある。彼は発達障害のひとつ、自閉症だった。少年の母親は息子と懸命に向き合いながら発達障害を学んでいく。悲観や戸惑いを乗り越え、徐々に「普通」という価値観から解放される。その軌跡を、医師でもある著者が描いた渾身(こんしん)のルポルタージュだ。

 (2)「久米のひと言で票が減る」。1980年代、自民党有力者にそう言わしめたのが「ニュースステーション」だった。当意即妙、天才的な反射神経で同番組のキャスターを務めた久米宏による自叙伝である。「テレビを変えた男」は何と闘ったのか。50年にも及ぶ彼のテレビ人生は、批判精神を失いつつあるメディアの現在地をも炙(あぶ)りだす。

 (3)デパートは資本主義の象徴だ。一方、その誕生は小売業界に「革命」をもたらした。「とくに何を買うという目的がなくとも、無料のスペクタクルを見物するような軽い気持ち」で訪ねることのできる店舗。そんな業態を生み出したのは19世紀フランスの商人、ブシコー夫妻だった。夫妻が創業した豪華絢爛(けんらん)な百貨店「ボン・マルシェ」を通して、デパートの文化史が生き生きと描かれる。“デパート冬の時代”だからこそ読みたい一冊だ。=朝日新聞2023年11月25日掲載