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謎の力士がおなかを「たぷ」っと 藤岡拓太郎さんの絵本「たぷの里」

『たぷの里』(ナナロク社)より

夢に出てきた「お相撲さんと少年」

——学校からの帰り道に「たぷ」。猫たちと遊んでいたら「たぷ」。家族でお風呂に入っていたら「たぷ」。神出鬼没の力士が頭の上におなかを「たぷ」っと乗せてくる——。『たぷの里』(ナナロク社)は、ギャグ漫画家の藤岡拓太郎さんが初めて手がけた絵本だ。

『たぷの里』(ナナロク社)より

 『たぷの里』の原型が生まれたのは、朝にうとうとと寝床のなかでまどろんでいたとき。「力士にたぷたぷの大きなおなかを乗せられて、イヤそうにしている少年」の絵が突然、頭にパッと浮かんで。笑いながら飛び起きて、忘れないうちにすぐノートに描きとめました。「夢を作品のネタにする」ことって、普段はほとんどないんです。『たぷの里』くらいじゃないでしょうか、夢からおりてきたのは。

 この「お相撲さんと少年」のイメージを、どういうかたちで表現したら一番面白くなるだろうと考えていたとき、思い浮かんだのが絵本だったんです。ちょうどそのころ、長新太さんの絵本にもハマっていて。『ゴムあたまポンたろう』(童心社)の絵が持つインパクトと独特の色づかいや、『ごろごろ にゃ〜ん』(福音館書店)のひたすらナンセンスな展開。長さんの絵本を読みあさって絵本の自由さに触れ、夢で見た力士の面白さ、絵が持つ力を最大限に活かせるのは絵本なんじゃないか、と感じました。

 一方で、「すごい絵本がもう世の中にはいっぱいあるんだから、別に自分が今さらつくらなくてもいいんじゃないか」と迷う気持ちもあったんです。最終的に絵本づくりを後押ししてくれたのは、祖母のお葬式で会った「従兄弟の赤ちゃん」の存在でした。抱っこした瞬間、「あ、この子が笑ってくれるような絵本をつくってみたい!」と思えたんですよね。

何気ない日常に差し挟まれる「たぷ」

——堂々としたたたずまいの「たぷの里」は、常に真顔。どこからともなく現れて、問答無用で「たぷ」っとおなかを乗せてくる。少年と家族の何気ない日常のひとコマの後、いきなり繰り出されるシュールな「たぷ」の光景に、思わず笑いがこぼれる。

お父さんと仲良くお風呂に入る少年と妹。ページをめくるとまたもや……。『たぷの里』(ナナロク社)より

 夢で見たたぷの里は、今よりももうちょっと汗臭そうで、むさ苦しかったかも(笑)。少年も夢のなかでは、もっと嫌そうな顔をしていましたね。最初に考えた名前は「腹のせ山」でしたが、横綱にもなった「稀勢の里(きせのさと)」が好きだったことと、口に出したときの語感も考えて、最後は「たぷの里」に落ち着きました。

 キャラクターが定まってからは、さまざまなシチュエーションの「たぷ」のラフを描き続けました。全部で40パターンくらいは考えたでしょうか。とにかくどんどん出しては、担当編集の村井光男さんと一緒にジャッジしていきました。少年とその家族のある一日に焦点を当て、「たぷ」のシーンが繰り返し入る構成ですが、アイデア出しの段階では、もっといろんなシチュエーションでいろんな人が登場していました。「海のなかでくじらを横目にたぷ」「サンタさんにたぷ」「観覧車のなかでたぷ」など、絵本には採用されなかった数々の「未公開たぷ」があります。

絵本には採用されなかった「未公開たぷ」の一部(藤岡さん提供)

 考えすぎて迷走してしまい、「たぷ」が「たぷるるる」になったことも……。その都度、担当の村井さんが軌道修正してくれました。絵本のラストシーンにも悩みましたが、最後の「月にたぷ」のシーンがポンと出てきたときは、「これで終わることができる……」とホッとしました。

 村井さんの指摘でもう一つ「ハッ」としたのは、絵本のサイズ。最初、自分では長新太さんの『ちへいせんのみえるところ』(ビリケン出版)のような、A4変形サイズくらいの大きさをイメージしていたんです。ところが、村井さんは、『たぷの里』を今のようなスクエアっぽいB5変形サイズにしようとアドバイスしてくれて。初めて提案されたときは「小さっ!」と思いましたが、今では手に取ったときの収まりがいいこのサイズが、デザイン的にもぴったりだったなと思っています。

「なぜか笑ってしまう」絵本をつくりたい

——絵本の裏表紙には「対象年齢 赤ちゃんから君まで」の文字。「0歳から100歳まで、いろんな人がただただ笑える絵本をつくりたい」という思いのとおり、『たぷの里』は様々な世代の読者に読まれ、2019年の刊行から今まで、版を重ね続けている。

『たぷの里』(ナナロク社)より

 出版するまでは「小さな子に伝わるかな」と不安もあったのですが、予想以上に子どもたちには喜んでもらっているようです。「保育園の読み聞かせの時間で、一番ウケる」という感想もよくもらいます。ほかにも、80代の方から読者カードが送られてきたこともあって、すごくうれしかったことを覚えています。

 印象的だったのは、5歳くらいの女の子からの読者カード。「どうして、たぷのさとはおなかをのせていじわるするんですか?」というかわいらしい感想のハガキでしたが、「いじわるに見えちゃったか」と。「もっと笑いにも絵にも、真剣に取り組まないといけないな……」と、身が引き締まる思いでした。

 絵本も漫画も「読者を笑わせたい」という気持ちは同じなのですが、色や線など絵そのものの面白さを、よりダイレクトに伝えられるのが「絵本」というかたちなのではという気がしています。「なぜ、これで笑っちゃうのかよく分からないけど、とにかく笑ってしまう」絵本をつくりたい。

 2作目の絵本『ぞうのマメパオ』(ナナロク社)も、「かわいすぎてなぜか笑ってしまう」ものをつくりたくて。宮崎駿さんと高畑勲さんがつくった『パンダコパンダ』を見て、「かわいすぎて笑える」ことってあるんだな!と驚いたことがきっかけです。これからも、見たことがない笑いやおかしみが潜んでいるところを発掘して、絵本にしていきたいなと思っています。