1. HOME
  2. コラム
  3. 文庫この新刊!
  4. 暴力の渦へと呑みこまれる犯罪小説の伝説的作品「ゴスペルシンガー」 若林踏が薦める新刊文庫3点

暴力の渦へと呑みこまれる犯罪小説の伝説的作品「ゴスペルシンガー」 若林踏が薦める新刊文庫3点

  1. 『ゴスペルシンガー』 ハリー・クルーズ著、齋藤浩太訳 扶桑社ミステリー 1320円
  2. 『印(サイン)』 アーナルデュル・インドリダソン著、柳沢由実子訳 創元推理文庫 1386円
  3. 『ミステリー・オーバードーズ』 白井智之著 光文社文庫 814円

 (1)はウィリアム・フォークナー、フラナリー・オコナーといった南部小説の流れを汲(く)む犯罪小説の伝説的作品。

 「行き止まりの町」と称されるジョージア州エニグマに、一人のゴスペルシンガーが帰還する。美しい歌声と容姿で魅了する彼の凱旋(がいせん)に町の人々は期待を膨らませていた。いっぽう、町ではゴスペルシンガーの恋人が惨殺される事件が起きていた。

 人間の奥底にある欲望や破壊衝動が湧き上がってくる様子を克明に描いた小説だ。それまで抑えつけられていた感情が一気にあふれ出し、暴力の渦へと呑(の)み込まれていくラストが凄(すさ)まじい。

 (2)はアイスランドの犯罪捜査官エーレンデュルを主人公にしたシリーズの一作。捜査小説として丹念なプロットで魅(み)せるシリーズだが、本作では死後の世界に興味を持っていた女性の死の謎を追うという、幻想的な味わいも加わっているのが特徴だ。家族との関係に悩み続けるエーレンデュルの物語に大きな進展がある事も見逃せない。

 (3)は『名探偵のいけにえ 人民教会殺人事件』をはじめ、隙の無い謎解きミステリで読者を唸(うな)らせる著者の短編集。“食”を題材にした推理短編が収められているが、奇想を得意とする著者らしく一筋縄ではいかない状況での謎解きが待ち受けているのだ。「ちびまんとジャンボ」は今まで見た事も無いグロテスクな早食い大会の模様に度肝を抜かれつつ、端正な謎解きを堪能できる。=朝日新聞2023年12月9日掲載