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「ずっとそこにいるつもり?」書評 打率十割のヒリヒリとギミック

評者: 藤田香織 / 朝⽇新聞掲載:2023年12月16日
ずっとそこにいるつもり? 著者:古矢永 塔子 出版社:集英社 ジャンル:小説

ISBN: 9784087718485
発売⽇: 2023/10/26
サイズ: 19cm/236p

「ずっとそこにいるつもり?」 [著]古矢永塔子

 打率十割の短編集だ。
 個人的な主観でしかないが、収録されている五話すべてに唸(うな)るものがあった。通常、短編集なら三割当たれば上々、五割で満足、八割良ければもう最高!と思っているのだが、十割となると逆に怖くもなる。凄(すご)い本を読んでしまった、と震えがくるのだ。
 巻頭の「あなたのママじゃない」は、大学時代映画制作研究会に所属し、新卒で文房具会社に就職したものの、四年前、映画宣伝会社にアルバイトとして転職。契約社員を経て正社員となり多忙を極めている三十歳の勝間弥生が主人公。夫の友樹は、フリーランスのフォトグラファーと名乗ってはいるもののカメラ仕事はほとんどなく、アルバイトをしながら家事全般を担ってくれている。
 好きなことを仕事にしてバリバリ働く妻と、優しく穏やかで家事能力の高い夫。ある種、現代的な理想の夫婦像でもあるが、弥生には常に焦燥感と口に出せない不満があるように感じる。しかし、あぁきっと問題はここだろうな、と想像しながら読み進めていった先には、思いがけないものが待ち受けているのだ。
 母子家庭で育ち、学費も生活費も親に頼ることなく工面し、一流企業に内定した大学生の葛藤を綴(つづ)った「BE MY BABY」で、主人公の部屋に転がり込んできた美空が言う「あたしを誰だと思ってんの? やらせそうでやらせない女の、プロだよ」という言葉。掲載の目途(めど)が立たない「デイドリームビリーバー」の崖っぷち漫画家が気付く、自分に対して担当編集者の熱が冷める瞬間。
 ヒリヒリとした描写はたまらなくリアルで、なのに、そう思いながら読み進んできた自分の目も、脳も、心も信じられなくなるほど巧みに仕掛けられたギミックに打ちのめされる。
 こんな小説が読みたかったのだ、という興奮と感動が、新しい年に向けて動き出す活力にもなると断言しよう。
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こやなが・とうこ 1982年生まれ。著書に、日本おいしい小説大賞受賞作を改題した『七度笑えば、恋の味』など。