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「小山さんノート」書評 綴る言葉は「生きた証」そのもの

評者: 山内マリコ / 朝⽇新聞掲載:2024年01月20日
小山さんノート 著者:小山さんノートワークショップ 出版社:エトセトラブックス ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784909910196
発売⽇: 2023/10/30
サイズ: 20cm/286p

「小山さんノート」 [編]小山さんノートワークショップ

 遺品の中から奇跡のように発見され、世に出た作品というと、アメリカの詩人エミリー・ディキンソンが浮かぶ。薄氷のような言葉と相まってか、はたまたその境遇か。原稿が見つけられた瞬間に思いを馳(は)せると、どこか神聖なものに触れた気持ちになる。
 本書もまた、数奇なバックストーリーを持つ。ホームレスの女性「小山さん」の日記だ。都内の公園のテント村に暮らした、主に二〇〇一~〇四年の日々が記される。言うまでもなくそれは、とても厳しい生活だ。常に神経を張り詰めている。加えて、彼女を支配したがる同居男性からは暴力を振るわれている。
 小山さんの心身が唯一休まるのは、喫茶店でノートを開くひとときだ。彼女はそこでお気に入りの席に座り、本を読み、出来事を書き留め、来し方を振り返って思索する。そうやって、過酷なテント生活で傷つき弱った、魂を回復させる。
 ノートに刻まれた言葉は生きた証(あかし)そのもの。彼女にとって書くことは、まさしく生きることと同義だ。書く時間を、なにより尊ぶ。だからわずかな小銭を手にすると喫茶店に向かう。彼女はそこを「フランス」と呼ぶ。そのいじらしい感性に胸が詰まる。
 文学や芸術を志し、夢を持って上京した女性である。「四十歳まで、年金、国民保険も入っていた」。それなのにエアポケットに落っこちたようにホームレスになった。福祉の相談に行ったところ、ひどい屈辱を受け、以来、背を向けたともある。日本の、社会のあり方の、冷たさ。
 彼女の最期を看取(みと)ったのは、同じテント村に暮らす女性だった。連帯を呼びかけ、小山さんを気にかけていた。彼女が見たテントに横たわる小山さんの姿の、神々しさたるや。
 A6サイズのノートが八十冊ほども遺(のこ)されていたという。縦書きの達筆で綴(つづ)られた日記は、多くの人の手を借りながら、八年の歳月をかけて出版に至った。
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「小山さん」が残した手書きノートを、野宿者、留学生、アーティストなど有志が文字に起こしてまとめた。