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「ANNA」書評 メディアに君臨する伝説編集長

評者: 藤田結子 / 朝⽇新聞掲載:2024年01月27日
ANNA アナ・ウィンター評伝 著者:佐藤 絵里 出版社:河出書房新社 ジャンル:伝記

ISBN: 9784309208930
発売⽇: 2023/12/04
サイズ: 20cm/531p 図版16p

「ANNA」 [著]エイミー・オデル

 アナ・ウィンターは、米国版「ヴォーグ」の有名編集長。映画化された小説「プラダを着た悪魔」のモデルとされる。1988年にその座に就き、ファッション界、メディア界で最も権力を手にした女性だ。評者が女性ファッション誌を愛読する学生だった90年代、スーパーエディターとしてその名は既に日本に轟(とどろ)いていた。
 本書は250人以上の関係者への聞き取りを基にした評伝である。が、アナ自身は取材を断った。米国ではベストセラーになるほど、彼女は今も注目の的だ。
 アナという存在はメディアの権力という点で興味深い。アナからの電話1本で高級ブランドは数百万ドルもの金を提供するという。
 本書を通して、アナが多数の関係者と衝突し、時に裏切られた様子が描かれる。普通の人間ならストレスで参りそうだが、彼女は非常に打たれ強い上に、超ワーカホリックであることが数々の挿話から伝わる。
 アナはセレブを起用するなど紙面を改革し、ビジネスでも成功を収めてきた。が、なぜ彼女は唯一無二の権力を手にできたのか。アナは裕福で痩せた白人女性を好んで雇ってきた。友人にも起用するセレブにも痩せるよう指示するほどだ。「ヴォーグ」は女性の美の基準に影響を与えてきたが、なぜアナは痩身(そうしん)に異様に執着するのか。さらに、アナは感情を抑制できる大きな強みがあるというが、それがどうプラスに働いたのか。これらの理由を掘り下げる分析やアナ自身による説明もなく物足りなさを感じるが、メディア界に君臨するアナを正面切って論評するのは難しいのだろう。
 社会正義に関心の高い今日の若い世代にとっては、アナのパワハラ的な態度や、人種問題に対する鈍感さは批判の的にもなる。しかし、「ヴォーグ」を出版するコンデナスト社にとって、アナはどんな代償を支払っても確保したい人材なのだという。煌(きら)びやかな世界とメディアの権力を描き出す興味深い一冊だ。
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Amy Odell 米国のファッション・文化ジャーナリスト。「ニューヨーク」誌などに寄稿。