1. HOME
  2. 書評
  3. 「教養の人類史」書評 文明の歩み 広がる学問の世界

「教養の人類史」書評 文明の歩み 広がる学問の世界

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2024年02月03日
教養の人類史 ヒトは何を考えてきたか? (文春新書) 著者:水谷 千秋 出版社:文藝春秋 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784166614318
発売⽇: 2023/10/20
サイズ: 18cm/316p

「教養の人類史」 [著]水谷千秋

 ホモ・サピエンスの誕生からコロナ以後の文明観の変化まで、人類700万年の教養史を俯瞰(ふかん)した書。短大での講義をもとにまとめたというが、とにかくわかりやすく、人間を動かす心理がどのように学問に結実していくかを図らずも示してくれる。
 立花隆、司馬遼太郎、松本清張などを冒頭から語りながら、彼らの関心事が知の広がりとなり、著者自身がそれを解明する姿を教材としている。なるほど今はこうした講義が受け入れられるのかもしれない。
 チンパンジーとボノボから枝分かれした人類は、言語を持ち(口に出して発する「外言」と、自分の中で考えるときの「内言」)、農耕により定住する。神話を持つが、やがて哲学の時代に入り、ソクラテスが語られ、孔子や釈迦が語られる。キリスト教の誕生にも触れつつ、「神」なき仏教の特質も説いている。
 学生を対象にしているが故に、引用する哲学者、思想家、さらに東西の教養の幕開けを担った人物は多岐にわたる。学生が誰か一人でも記憶するだけでなく、その文明史観を継いで欲しいとの思いがあり、それが類書とは異なる。
 梅棹忠夫の文明の生態史観、柄谷行人の交換様式論などが熱っぽく語られる。特に松田寿男の「アジア史論」の具体的説明が興味深い。こうした書を入り口として、学問の世界は広がっていくとの感がする。
 本書が取り上げるテーマは大航海時代、帝国主義の時代、マルクスの登場などに移っていく。第五章「東アジア世界から見た日本の文化」では、日本の文明を「中国文化の一部」とする内藤湖南と「中国文化とは別物」とする津田左右吉を比較しながら紹介している。
 教養は役に立つのか。著者は自問したうえで、J・S・ミルの言(「利害を超越した報酬」が得られる)を引用しつつ、教養を学ぶことで人生が実りあるものになると若い世代を励ましている。
    ◇
みずたに・ちあき 1962年生まれ。堺女子短期大副学長。専門は日本古代史。著書に『継体天皇と古代の王権』など。