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「技術革新と不平等の1000年史」(上・下)書評 普及の鍵を握るのは時の支配

評者: 神林龍 / 朝⽇新聞掲載:2024年02月03日
技術革新と不平等の1000年史 上 著者:ダロン・アセモグル 出版社:早川書房 ジャンル:経済

ISBN: 9784152102942
発売⽇: 2023/12/20
サイズ: 20cm/326p

技術革新と不平等の1000年史 下 著者:ダロン・アセモグル 出版社:早川書房 ジャンル:経済

ISBN: 9784152102959
発売⽇: 2023/12/20
サイズ: 20cm/372p

「技術革新と不平等の1000年史」(上・下) [著]ダロン・アセモグル、サイモン・ジョンソン

 文明開化後の日本では、「技術」から連想されるのはもっぱら「進歩」や「発展」だった。しかし、もはやそれは楽観的過ぎるかもしれない。この本で「技術」の対となるキーワードは「支配」。技術自身はエネルギーや情報を支配する。その技術の登場の背後には、時の支配者の存在がある。どんな技術を普及させるか決めるのは科学の必然ではなく支配者なのだ、と強調する。まさに原題の「Power and Progress」こそが、本書の姿をあらわすのにふさわしい。
 博学多才でならすコンビの本書は、話題が盛りだくさんで単純な筋を見つけるのは難しい。強いていえば、新しい技術は誰にどんな影響を与えるかという経済学的な考察がひとつ、著名な発明家の事績を通じて技術革新の内実を明らかにする部分がひとつ、そして技術革新と政治とのかかわりを提示する部分がひとつ、とでも整理できるかどうか。
 ともあれ、技術革新によって生産性が上昇しても利益を受けるのは常にエリート層であって、末端労働者まで恩恵に与(あずか)ることはほぼないという著者の考え方は、実は技術革新以外の社会的事象にもあてはまり、重要だ。日本では、賃金を上げるためには生産性が上がらなくてはならないという考え方が素朴に信じられているかもしれないが、著者の主張の方が正しい場合もある。また、スティーブンソンなどの発明家の立ち回りのくだりを読むと、彼らは技術者というよりはプロデューサーに近く見える。ひたすら機械と人物の組み合わせを覚えた受験勉強が、痛いほどむなしく感じる。
 他方、技術革新と政治との関係はより論争的だ。GAFAの先に技術革新が情報の独占をもたらすのであればその独占者は社会の安定をもたらす聖人君子であることが求められる。しかし現実はどうもそうではないらしい。著者らは規制と草の根民主主義への回帰に希望を見出(みいだ)すが、反対論者は少なくないだろう。
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Daron Acemoglu 1967年生まれ。トルコ出身の経済学者▽Simon Johnson 1963年生まれ。英国出身の経済学者。