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万城目学「八月の御所グラウンド」 京都から、しなやかなエール

 あぁ、これは京都だからこその物語だ。読み終えて強くそう思う。十二月、雪の都大路と、八月、猛暑の御所グラウンド。方や陸上部の女子高校生、方や失恋で傷心の大学生。主人公も読み口も異なる二篇(へん)を繋(つな)いでいるのは、京都という町だ。

 駅伝大会前日に急遽(きゅうきょ)レースの最終区走者としてエントリーされることになった坂東。無類の方向音痴である彼女は、吹雪のレース中、案の定コースを外れそうになるのだが……(「十二月の都大路上下(カケ)ル」)。

 彼女にフラれた痛手から、「丸ごと地獄の釜」となったような京都で一人、就活さえも諦めて自堕落に過ごしていた大学四回生・朽木は、高校からの友人・多聞から、借金のかたとして、強制的に草野球の大会に駆り出されることに……(「八月の御所グラウンド」)。

 どちらの短編にも“不思議”が起こる。そして、そのことがきっかけとなり、主人公が成長する。青春小説の王道の構えで描かれる物語だが、本書の魅力はそれだけではない。

 とりわけ、人数が揃(そろ)わない朽木たちのチームに、助っ人としてふらりと登場する人物たち。彼らの背景が、メインで描かれる物語とあいまって、読者の胸にじわじわと沁(し)みてくる。

 無気力の塊のようになっていた朽木と、要領の良さだけで、世の中を渡ってきたような多聞。この二人が、物語のラストで語り合うシーンが素晴らしいのは、彼らのドラマがあってこそのものだ。

 「なあ、朽木。俺たち、ちゃんと生きてるか?」

 京都五山の送り火を眺めながら、静かに問いかけた多聞のこの言葉は、読み手である私たちにもそのまま向かってきて、背筋が伸びる。

 作者にとって、京都を舞台にした青春小説は、ホルモー・シリーズ以来16年ぶり。今を生きる命への、しなやかなエールにもなっている本書が、第170回直木賞受賞作となったことを寿(ことほ)ぎたい。=朝日新聞2024年2月3日掲載

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 文芸春秋・1760円。2刷・9万部。昨年8月刊。担当者は「円熟の筆でこれまで以上に普遍的な作品に。幅広く支持されている」。