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「風に立つ」書評 不器用な親子 言葉に出す勇気

評者: 藤田香織 / 朝⽇新聞掲載:2024年02月10日
風に立つ 著者:柚月裕子 出版社:中央公論新社 ジャンル:小説

ISBN: 9784120057281
発売⽇: 2024/01/10
サイズ: 20cm/406p

「風に立つ」 [著]柚月裕子

 七人きょうだいのはずだった父が亡くなった後、実は他に三人、姉妹がいたと判(わか)り驚いた経験が私にはある。会社員時代の父は毎日深夜帰宅で、私も弟もろくに話をしたことがないまま大人になり家を出て、まあそのうち、と思っていたら逝ってしまったのだ。悔いがないといえば噓(うそ)になる。
 岩手県・盛岡市の南部鉄器工房を舞台に据えた本書は、世代の異なる二組の親子関係を描き出していく。職人気質で言葉数が少なく、一日の大半を工房で過ごす気難しい「親方」の小原孝雄と三十八歳になった息子の悟。そして仙台で弁護士をしている庄司達也と十六歳の春斗だ。
 悟の母である節子は既に他界し、妹の由美は結婚し家を出ている。小原家は、妻を亡くした父と未婚の息子のふたり暮らしであるが、父子関係は良好、とは言い難い。悟は頑固で身勝手な父親に子どもの頃から屈託を抱え続けていた。
 その孝雄が、ある日突然、「補導委託」を引き受けてくる。罪を犯した少年にどのような最終処分が適正か判断するために一定の期間、住み込ませて指導し様子を見る制度で、当然のように悟に相談などなかったが、ほどなく仙台家裁の調査官と両親に伴われやって来た春斗とひとつ屋根の下暮らすことになる。
 自分の子どもたちには学校行事さえ不参加だったのに、なぜ今になって他人の子の面倒をみる気になったのか。悟は孝雄の気持ちを理解し得ないが、今さら改めて訊(たず)ねることもできない。同様に、春斗の言動からも両親との確執が窺(うかが)えるが、決定的なものはなかなか見えてこない。
 父親である孝雄と達也にも、其々(それぞれ)の思いがあり過去がある。話したい、聞きたい気持ちはあっても、きっかけを摑(つか)めず踏み込めない彼らの姿に、我が身を重ねる読者も多くあるだろう。不器用な男たちを取り巻く職人仲間や妹の由美の軽やかさもいい。伝えたいことを言葉に出す勇気の物語だ。
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ゆづき・ゆうこ 1968年生まれ。2016年『孤狼の血』で日本推理作家協会賞。著書に『盤上の向日葵』『慈雨』など。