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辻堂ゆめさん「山ぎは少し明かりて」インタビュー 湖底に沈んだ故郷、非ミステリーの女性3代記に手応え

辻堂ゆめさん=家老芳美撮影

非ミステリーでも変わらない部分

 本作を執筆するにあたって、強く意識したのが、2020年11月に単行本が発売された『十の輪をくぐる』(小学館文庫)だった。1964年と2020年という、二つの東京五輪の時代を生きる親子の姿を3代にわたって描き、デビュー以来、初めてミステリー要素を削ぎ落とした作品となった。

 「『十の輪をくぐる』の企画段階では、ミステリーっぽい要素を入れていたのですが、あえてミステリー要素を削って人間ドラマに注力したほうがいいんじゃないかという担当編集者さんからの提案があったんです。ミステリーの新人賞でデビューしていますし、それからずっと、最後に謎が解けるという作品しか書いてきませんでした。だから、私にミステリー以外の作品を求められているとは思っていなかったし、『いいんですか? ミステリーなしに振り切っても?』というのが、その時の正直な感想でした」

 『十の輪をくぐる』には半世紀の歳月に、炭鉱での生活、バレーボール、親子の情愛など、さまざまな要素が盛り込まれており、さらにミステリーまで盛り込むと過多になりすぎるのではないかというのが編集者の判断だった。そこで、執筆中の作品からミステリーを削ぎ落としたところ、「初の非ミステリーに挑戦」「新境地!」などといった、好意的な反響が寄せられた。

 「今までは、謎が何なのか? その謎は何なのか? というところを決めて、それをどう解いていくのか、というのが執筆の大まかな流れでした。小さい頃から読んできたのは、ミステリーとは関係ない純文学やエンタメ系のものが多かったんですね。ミステリーは人間ドラマとは別軸の構成を持つ、特殊なジャンルと思っていました。一方で、ミステリーの構造に人間ドラマを持ち込んで両立させることができたなら、“いいとこ取り”の作品が書けるんじゃないかと。だから、デビューからわりと一貫して、ミステリーと人間ドラマを意識してお話を作ってきたところはあります」

 辻堂さんがミステリーに強く惹かれるきっかけになったのは、湊かなえさんの『告白』だった。中高生の頃に4年間、父の仕事の都合でアメリカに住んでいた辻堂さんが、高校1年の冬、一時帰国して再びアメリカに戻る機内で読むための本として、空港の書店で手に取った。離陸2時間後にはラストまで読み終え、残りの12時間、頭を金槌で殴られたような衝撃の余韻に浸り続けたという。

 「私がミステリーを書く原動力になっているのは、この登場人物の過去は何だったのか? あの出来事の真実は何だったのか? ということであって、それは、ミステリーでも非ミステリーでも変わらない部分だと思いました。『十の輪をくぐる』を書いたことで、こういうジャンルを私が書いてもいいんだし、こう書けばいいのか、という手応えがありました。また、この作品で自分が生まれるより前の昭和の時代について、資料をたくさん調べてリアルに書くという面白さも発見したので、『山ぎは少し明かりて』はそうしたところにも力を入れました」

女性の生き方、避けては通れず

 本作は、大学生の都、定年退職を控えた雅枝、ダム湖の底に沈んだ瑞ノ瀬という故郷を愛し続けた佳代という、異なる時代を生きる3世代の女性にスポットを当て、ふるさとへの思いとは何なのかを問う物語だ。時代が変われば価値観も変わり、今はなき故郷への想いも全く異なる。辻堂さん自身、親の仕事の関係で引っ越しが多く、「ここが故郷」と呼べる場所がない。そのため、「故郷」への強い思い入れを自分ごととして実感できないところがあったという。

 「この作品ではダムに沈んだ村が登場します。計画が進んでしまっていて、もう元の村を取り戻すことなんてできないのに、強硬に反対し続けている人たちの存在をニュースなどで目にした時、なんでこの人たちはこんなにその土地に執着するんだろう? と、理解できませんでした。一つの場所に長く暮らし、その土地に愛着があって、という幼少期を過ごしていなかったからだと思うんです。でも、ふるさとの土地を強く愛する人たちがいるのは事実で、そういう人たちの人生や内面を書いてみたいという気持ちがありました」

 物語は3部構成で、第1章「雨など降るも」は、大学生・都が主人公だ。何者かになりたくて意気揚々とイタリアに留学するが、適応障害を発症して帰国。そのことを恋人や友人に言えずにいる。第2章「夕日のさして山の端」は、都の母・雅枝の物語。物静かな夫に家事を任せて働き続け、まもなく定年を迎えようとしている。不便で何もない故郷・瑞ノ瀬を飛び出して仕事に邁進し、自立した人生を獲得したものの、夫や娘・都とはどこかぎくしゃくしている。

 そして、第3章「山ぎは少し明かりて」の主人公は雅枝の母・佳代。昭和初期に自然豊かな瑞ノ瀬村で3姉妹の長女として生まれ、戦争を経て地元で嫁ぎ、家庭を築いていた。ある日、村にダム建設計画が浮上することから夫とともに反対運動に身を投じ、人生が大きく変わっていく過程を丹念に描いている。

 「はじめから女性を描きたいと思っていたわけではありません。私が女性なので、軽い気持ちで祖母から連なる3世代の物語を考えた時、結婚や出産など、人生の節目にある経験は随分違うので、比較したら面白いかも、と思ったんです。でも、いざ書く段階になると、戦前や戦後、現代では女性の社会的立場、家庭でのあり方なども確実に変化していて、避けては通れない部分だったんです」

 祖母の佳代は、尋常小学校を卒業すれば、家の農業の手伝いや子守り、糸工場で女工になるくらいしか選択肢がなく、生まれ育った地を離れることもほぼない。戦後生まれの雅枝は、女性は働いても結婚すれば寿退社が当たり前の時代で、働き続けるにはさまざまなことを犠牲にせざるを得なかった。現代に生きる都は、好きな大学に進学し、留学も職業選択も自由。何でも選ぶことができる一方で、常に「これでいいのか」という不安を抱き続けている。

 「私は都の立場に近いです。なんでもかんでも肯定してもらえて、情報が過多すぎるほどにあふれている分、迷走してしまう若者が多いのは理解できます。結婚して、家を買い、どんどん出世して、という王道ルートがない分、何者でもない自分に焦りを感じてしまう人は多いのではないでしょうか」

2回目でがらりと変わる印象

 第3章では、自然豊かな集落で毎日元気いっぱいに暮らす幼少期から佳代の人生を丹念になぞっており、佳代の「故郷」への思いが深まっていく心情を追体験できる。それだけに、ダム建設計画によって集落が賛成派と反対派に分かれ、バラバラになっていく過程では、引き裂かれるような思いが突き刺さる。本書の半分を占め、佳代の人生だけでもかなりの密度があるため、読了した人から、「第1章と第2章はなくても長編として成立したのでは?」という感想が寄せられたという。

 「私にとっては、第1章、第2章はなくてはならないものでした」

 それは、第3章まで読み終えるとわかることなのだが、ダムに沈んでしまった瑞ノ瀬という土地の物語と、命がけで故郷を守った佳代の生き様を知ると、もう一度、第1章から読み直してみたくなるのだ。そして、実際に読み返してみると、1回目には気づかなかったことが目に留まり、登場人物の心情ががらりと変わって浮かび上がってくる。

 「1回目はダムに沈んだ村のことなど、背景がわからないまま読むと、ぼんやりとしたところがあると思うのですが、2回目はリアルに見えてくるはず。第1章、2章には伏線がたくさんありますし、印象の変化を楽しんでもらえたら一番うれしいですね」

 異なる時代を生きた女性の3代記ではあるものの、物語の中にはいくつもの謎が散りばめられており、読み返すことで鮮やかに反転していく様は、まさにミステリー的な要素に満ちている。「ミステリー作家」という枠にとらわれず、壮大な人間ドラマをリアルな筆致で描いた本作は、辻堂ゆめさんが、湊かなえさんの『告白』に圧倒されたように、私たちにも大きな衝撃を与えることになるだろう。