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「The CODE シリコンバレー全史」書評 コネがものを言う男たちの楽園

評者: 前田健太郎 / 朝⽇新聞掲載:2024年02月17日
The CODE シリコンバレー全史 20世紀のフロンティアとアメリカの再興 著者: 出版社:KADOKAWA ジャンル:産業

ISBN: 9784041131992
発売⽇: 2023/12/27
サイズ: 22cm/588,81p 図版16p

「The CODE シリコンバレー全史」 [著]マーガレット・オメーラ

 世界的なIT企業の集うシリコンバレーは、多彩な才能が自由に競い合う実力主義の世界だといわれる。だが、そのイメージの大部分は自画自賛だ。本書は、より広い視野でシリコンバレーの歴史を描き、この神話に挑戦する。
 まず、シリコンバレーの発展の背後には、常に政府の支援があった。冷戦期に生まれた半導体産業にとって、ミサイル開発を進める軍は大口の受注先だった。この新たな産業に人材を供給するスタンフォード大学には、軍事研究のために巨額の補助金が投入される。アップルのパソコン事業も、公立学校との取引で支えられていた。口では政府の介入を批判する企業家たちは、実は政府の仕事で大儲(おおもう)けしていたのだ。
 そして、シリコンバレーでは実力だけでなくコネも物を言う。例えば、起業する上ではベンチャーキャピタルの投資が不可欠だが、投資家の大半は男性であり、彼らに気に入られるのも大抵は男性だ。これに対して、女性は圧倒的な少数派であり、著しい差別を受けてきた。本書の特徴は、この悪条件下で生き残った女性たちにも光を当てたことにある。その視点から見たシリコンバレーは、家庭を顧みずに仕事に邁進(まいしん)する男性たちの楽園だった。
 日本では従来、シリコンバレーは成功の手本であり、こうした問題はあまり語られてこなかった。だが、本書を読んだ後では、果たしてシリコンバレーは目指すべきモデルなのかという疑問も湧く。少数の巨大企業がライバルを買収して地位を固める現状は、自由な競争とは程遠い。
 では、どうすればよいのか。本書の末尾では、シリコンバレーを見限って別の都市で起業する若者たちが描かれる。既存のモデルに囚(とら)われずに新たなIT産業の形を探るその姿は、窮屈な東海岸から離れて西海岸に賭けたシリコンバレーの先駆者たちとも重なる。日本で参考にすべきは、こちらの発想ではないだろうか。
    ◇
Margaret O'Mara 米ワシントン大教授。アメリカ政治史やハイテク経済の成長に詳しい。