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「深海ロボット、南極へ行く」書評 氷や水と格闘 極限環境で観測

評者: 石原安野 / 朝⽇新聞掲載:2024年03月02日
深海ロボット、南極へ行く 極地探査に挑んだ工学者の700日 著者:後藤 慎平 出版社:太郎次郎社エディタス ジャンル:地球科学・気象

ISBN: 9784811808642
発売⽇: 2023/11/16
サイズ: 19cm/253p

「深海ロボット、南極へ行く」 [著]後藤慎平

 人類が最後に見つけた大陸である南極大陸は、南極条約によりその利用が平和的利用に限られ、科学的調査の自由と国際協力が守られている。地球上の誰もがビザなしで上陸できる政治的にも珍しい土地だ。そして、なんといっても南極海洋域の豊かな自然。そう、ペンギンやアザラシ!
 一方、南極大陸でその豊かな海に栄養を求めない生物となると多くはない。コケ類、藻類にバクテリア。こう言っては申し訳ないが、地味な生物たちである。しかしその観察記録は、生物の極限環境でのあり方についての知見をもたらす。
 著者は深海用の観測ロボットの専門家。探査機をマリアナ海溝に潜航させたこともある。普段は大学で講義や予算獲得に四苦八苦。そんな一見南極とは無縁そうな工学者が、南極大陸の湖に生息する「コケボウズ」の観測に挑む。
 南極の実験では耐寒性能や特殊ケーブルなどの技術が必須である。同様の制約がある深海実験で使われる技術は、氷や水と格闘する南極実験にも応用可能だ。実際、私が宇宙観測に用いている実験装置も南極点基地にあるのだが、南極や物理とは全く関係のない深海技術の専門家と共に設計や製造を行っている。
 南極での実験は、研究室での実験と大きく異なる点が二つある。それは、不慮のトラブルなどが起きたとしても、修理のための部品をちょっと調達、なんてことが絶対にできないという点。そして、実験スケジュールの大半が“輸送”のスケジュールによって決められているという点だ。限られた時間内で、限られた手持ちの備品でもって、トラブルがあろうと、データを取得しなければ、次はもうない可能性が高い。
 南極に一度行った人は、すぐにでもまた行きたいという人と、一度で十分という人に分かれる。著者は明らかに前者。気が付けば次の南極訪問で試したいアイデアが浮かんでしまうのが、研究者の性(さが)なのだ。
    ◇
ごとう・しんぺい 東京海洋大助教。専門は深海探査機の開発、運用。第59、65次南極地域観測隊(夏隊)に参加。