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浅田彰「構造と力 記号論を超えて」 「ニューアカ」の象徴が文庫に

 当時を知らない人には、本書の登場と、次いで巻き起こった、いわゆる「ニューアカ(デミズム)」のブームが、どれほど凄(すさ)まじいものだったのか、想像もできないに違いない。時は1983年9月、当時京都大学の助手だった浅田彰の最初の本『構造と力』は、発売後すぐにベストセラーとなり、さほどの間を置かずに出た浅田の二冊目『逃走論』と、少し遅れてデビューした当時は東京外国語大学の助手だった中沢新一の『チベットのモーツァルト』も売れに売れ、まったくの無名だった2人の若きアカデミシャンは瞬く間にメディアの寵児(ちょうじ)となった。2人に続けとばかりに同世代の大学人たちにも熱い視線が注がれることとなり、かくて「新しいアカデミズム」を意味する「ニューアカ」は、社会現象と呼ばれるほどの一大センセーションを惹(ひ)き起こした。その中心が浅田であり本書だったことは疑いない。

 『構造と力』の単行本は、その後も長年にわたってコンスタントに版を重ね、売れ続けてきたが、なかなか文庫にはならなかった。数年前に電子書籍化された際も、ちょっとした話題になったのだが、今回は大げさに言えば「事件」である。このたびの文庫化の経緯は知らないが、2023年が刊行から40年に当たっていたということは理由のひとつであったかもしれない。今や歴史の一部であると言えるこの本が新たな読者へと広く開かれたことは大変喜ばしい。今どきの大学生が『構造と力』をどう読むのか(そもそも読むのか)、大学一年生の時に本書に出会ってしまった直撃世代の私としては興味津々である。

 本書の核心はフランスのポスト構造主義、特にドゥルーズ=ガタリの解説だが、哲学研究という点では後続の研究者によってすでに乗り越えられている。むしろ重要なのは、ニューアカ現象も含めた「時代の証言」としての価値だろう。その時代とは80年代、ニッポンが戦後最も豊かだった時代、そう、古き良きポストモダンの時代である。=朝日新聞2024年3月2日掲載

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 中公文庫・1100円。2刷・3万部。昨年12月刊。「発売前から文庫化がSNS上で話題となったほか、本書の長行解説を書いた哲学者・千葉雅也さんの影響も大きい」と担当者。