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「うつ病 隠された真実」書評 発生源は社会や文化の仕組みに

評者: 椹木野衣 / 朝⽇新聞掲載:2024年03月09日
うつ病隠された真実 逃れるための本当の方法 著者:ヨハン・ハリ 出版社:作品社 ジャンル:健康・家庭医学

ISBN: 9784861828430
発売⽇: 2024/02/05
サイズ: 19cm/413p

「うつ病 隠された真実」 [著]ヨハン・ハリ

 国の発表によると、日本で1996年に約43万人だった「うつ病等の気分障害」の総患者数は、わかっているだけで2008年には104万人を超え、12年間で2・4倍に増加した。典型的な右肩上がりで、現在その数がどれほどになっているかは想像もつかない。
 日本に限ったことではない。長くうつ病に悩まされ、抗うつ剤による「治療」に根本的な疑問を感じた著者は、人々の心にいまなにが起きているかを知るために、3年以上をかけて地球の6万キロ以上を駆け巡り、200以上のインタビューをこなした。
 その結果、著者は「うつ」が「病」なのかについて疑問を持つ。実際、独力で解決のできない挫折や喪失と直面したとき、古来、人は「うつ」になってきた。つまり「うつ」とは、人が生きるうえで誰もが遭遇する「正常」な心理だったのだ。ゆえに著者は、医学的な治療だけでは「心の病」の異様な増加を抑えることはできないと主張する。
 そもそも「うつ」が「病」なら、抗うつ剤が日進月歩で開発される現在、患者は徐々に減るはずだ。だが、そうなってはいない。反対に、抗うつ剤の開発を含む、わたしたちが「正常」と考える社会や文化の仕組みの方が「病」の発生源なのではないか。本来は不要な欲望で視野を覆い尽くそうとする広告や、自己承認の増幅装置であるSNSがこれに拍車をかける。つまり、妬(ねた)みや優越意識を原動力とする社会や文化そのものを変えないことには、事態は悪くなる一方なのだ。
 代わりに著者が提起するのが、原題にもある「絆 connections」だ。そんな結論なのか、と肩を落としてはいけない。本書の約半分は、具体的で驚くべきエビデンスに支えられた、非抗うつ剤的な「処方」で占められている。なかにはウシ(牛!)が効力を発揮する、などという突飛(とっぴ)な話も含まれている。が、心の非常事態と言ってよいいま、耳を傾ける価値は大いにある。
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Johann Hari 1979年生まれ。「ジャーナリスト・オブ・ザ・イヤー」に2度選出。著書に『麻薬と人間』。