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「戦争語彙集」書評 対抗する人々への独創的な支援

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2024年03月09日
戦争語彙集 著者:ロバート・キャンベル 出版社:岩波書店 ジャンル:欧米の小説・文学

ISBN: 9784000616164
発売⽇: 2023/12/26
サイズ: 19cm/269p

「戦争語彙集」 [作]オスタップ・スリヴィンスキー [訳著]ロバート キャンベル

 独創性のある反戦の書である。ウクライナの詩人がロシアの侵略以後、自らの住む街(リビウ)を通過してポーランドに避難する人々の声に耳を傾けた。やがて、日々のごく普通の語彙が戦時を語るおぞましさを持たされることを、いくつか並べて本にした。その一部の英訳に偶然目をとめた訳者は、著者と対話を重ね、本書をまとめたのだ。
 例えば「歯」という語。著者の家にきた男性、勾留から逃げ出してきたという。歯が全くない。ロシア占領軍に拷問されたのだ。まるで小学生のように寝そべっているが、「歯は、もう生えてきません」と書く。
 「カレンダー」という語。今日は何曜日かは大体頭に入っている。が、(ロシアが侵略してきた)2月24日が何曜日だったかは覚えていない。「あるのは濃厚で毒々しい時間と空間の塊」。
 「手紙」という語。地質学者の夫はかつてソ連国内を調査して歩いた。手紙をよくくれた。防空壕(ごう)に持ち込むのは43通のその手紙。あまり返事を書かなかったことが心残り、夫は亡くなったのであろう、「戦争のことも防空壕のことも、彼には伝えません」。
 こういう語彙が77挙げられている。平時の語彙が「戦争語彙」になっていく。つまり言葉が戦いの武器や人間性の発露、さらに「もう一つのシェルター」になったりしている。
 訳者は、なんとしても日本語の読者にも読んで欲しいとの一念で、リビウに赴いて著者と語り合い、語彙を発した人たちとも交流の場を持つ(本書の後半)。聖ペテロ聖パウロ教会の天井から吊(つ)るされている白い紙の折り鶴を見た。前線で亡くなった兵士たちを悼むもので、日本の被爆者の祈りの流れであろうという。現地の大学生の、「平和」と「勝利」をめぐる言は重い。
 本書は、侵略、暴挙に対抗する人々に、こういう支援の方法があるとの道筋を日本社会に示しており、画期的な意味を持つ。書を手に静思し、落涙する。
    ◇
Ostap slyvynsky  ウクライナを代表する詩人▽Robert Campbell 早稲田大特命教授(日本文学)。