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「著作権はどこへいく?」書評 損得と人権のバランスの難しさ

評者: 神林龍 / 朝⽇新聞掲載:2024年03月09日
著作権はどこへいく? 活版印刷からクラウドへ 著者:大島 義則 出版社:勁草書房 ジャンル:経営・ビジネス

ISBN: 9784326451326
発売⽇: 2024/02/02
サイズ: 20cm/298,36p

「著作権はどこへいく?」 [著]ポール・ゴールドスタイン

 経緯の詳細はいまだに不明だが、漫画のドラマ化を巡って痛ましい事件が起こった。丹精込めた作品が傷つけられると作者も傷ついてしまうのは、漫画に限らず制作者の常だ。そこで注目されているのが「著作者人格権」である。作品や作者を守るための権利なのだが、いざ使おうとすると一筋縄ではいかない。たとえば、「著作者人格権は行使しない」という一目見るとドキッとする文言が、著作権契約にはよく利用されているのも現実だからだ。
 この割り切れなさは未熟で乱暴な実務だけが理由ではない。本書ではスタンフォード大学で教鞭(きょうべん)をとる著者が、世界の著作権の歴史を要約し、背後にある哲学的見方まで言及しながら、もともと著作権にはさまざまな考え方が併存していることを整理している。今回邦訳された第2版で加えられた人工知能と著作権との関係も十分に興味深いが、国際的な視野から著作者人格権の考え方の違いを一望できる点のほうが今の日本社会には有用だろう。
 コンテンツビジネスを牽引(けんいん)する米国では著作者人格権の適用範囲は狭いが、もう一方の極のフランスでは広く認められている。「著作権」は、欧州では英米風の「複製物の権利」ではなく「著作者の権利」と名付けられており、立場の違いは明確だ。前者では功利主義的に(やってよいことといけないことを損得通算して)考える。後者では人権、つまり金銭などの対価では補償できない自然権の一部として扱われる。
 著作権は、ビジネスと人格とのバランスをどうとるかという深い問題にかかわることを本書は教えてくれる。ひとたびバランスを崩すと、作者と作品の存在そのものに影響しかねないほど深刻なのである。多くの法制度を輸入に頼り、どっちつかずの日本の著作権をどう成熟させるか、コロナ禍でもさらけ出されたビジネスと人格との対立をどうバランスさせるか、やはり一筋縄ではいかない。
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Paul Goldstein  1943年生まれ。米スタンフォード大教授。元米国議会技術評価局(OTA)諮問委員会委員長。