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【谷原店長のオススメ】平井大橋「ダイヤモンドの功罪」 天才の孤独と軋轢、多角的な視点で描く

谷原章介さん=松嶋愛撮影

 手に取ってみて、涙が止まらなくなる場面がいくつもありました。圧倒的な才能のある心優しい小学生・綾瀬川次郎くん。「自分のせいで負ける人がいる」「自分のせいで夢を諦める人がいる」。そんなふうに考える彼は、テニス、水泳、体操と、いろんなスポーツに取り組んでは、その抜群すぎる才能ゆえに、周囲と軋轢を起こし、諦めてしまいます。

「オレ なんか… なんでオレ すぐ人に嫌われんの? オレ なんかいっつも追い払われてんじゃん!」(本書より)

 孤独に苦しんでいたある日、綾瀬川くんは「楽しい」ことをモットーとする弱小少年野球チーム「足立バンビーズ」と出合います。みんなと一緒に、野球を謳歌する日々。「野球は、ここにいるみんなが味方なんだ」ということを実感し、彼はやっと居場所を見つけます。

 ところが、ここでも、あまりにも不釣り合いな実力ゆえ、周囲とのハレーションを起こし、しだいに不穏な空気が漂っていく……。

 綾瀬川くんは結局「バンビーズ」を去り、U-12日本代表チームの門を叩くことになります。その時点までの過程にも、さんざん紆余曲折があるのですが、過度な期待をかける大人たちや、チームメイトの心情など、彼だけでなく周囲の描写がつぶさに描かれ、そのたびに心がギュッと切なくなります。誰ひとりとして、何一つ間違っていない。それなのに、すれ違って、ほつれて、壊れていってしまう。

 日本じゅうの精鋭が集まってくる日本代表チーム。ここでも綾瀬川くんは、さっそく頭角を現します。ただ、物語のなかではゲーム自体のシーンがさほど多くは描かれず、むしろ野球への向き合い方や、その一瞬一瞬での登場人物たちの思いに焦点が当てられていきます。プレーの中で起こったことが時系列で描かれるなか、「なぜ、あの判断をしたのか」「あの時、どう考えたのか」が克明に綴られていくのです。

 それにしても、天才少年の孤高というものは、かくも孤独と背中合わせであることでしょうか。そもそも、この物語を知るきっかけになったのは、朝日新聞デジタルで配信された記事でした。

「斎藤環さんがみた『狂気なき天才』の時代 自分探しの終焉と承認欲求」(2024年1月7日配信)

 この記事を読み、どうしても想起せずにいられないのは、大谷翔平選手です。かつて、「天才」といえば、ピカソやダリにしてもそうですが、天才であるがゆえに、いっぽうで悲劇だったり、欠点だったり、何かしらマイナスなものを併せ持っていて、だからこそ本業に打ち込んだ面がありました。けれども、この記事で精神科医の斎藤環さんは「天才が持っているダークサイドに今や人々が興味を失っている」と指摘します。そんななか、斎藤先生が紹介して下さっているのが、この『ダイヤモンドの功罪』です。「彼(綾瀬川くん)をめぐる人間関係のダイナミズムが面白い」と推奨しています。

 スーパースター綾瀬川くんが出会った人たちは、ひとえに彼のためを思って、もっと高いレベルを目指すよう助言したり、ここ一番の場面に登用してくれたりします。ところが彼自身は、ものすごく寂しそうなのです。もともと彼が望んでいたことは、同級生たちと一緒に、スポーツを通して喜びを分かち合うことでした。それなのに、誰も対等な存在になってもらえない。それゆえ、綾瀬川くんが施した、未熟な気配りや優しさが、仲間を却って傷つけてしまう。理解してもらえず、それでまた余計に彼自身も傷つくのです。

「優勝とか……オレ どうでもいいし てかオレ そもそも 別にここ 来たくて来てないし」
(中略)
「綾瀬川が選ばれたことで 選ばれなかった誰かがいる 真剣に日本代表を目指していた人間全員を侮辱する言葉だよ」(本書より)

「勝ち負け」に強いこだわりのない綾瀬川くんの姿勢は、ときに周囲を苛立たせます。やはり、まだ少年ですから、精神面で成長していないのでしょう。卓越した技術を持っていて、普通ならばそこで慢心し「天狗」になるかも知れないのに、綾瀬川くんは繊細で、相手のことを第一に考えてしまう。考え過ぎたあげくに下した決断が、ことごとく裏目に出てしまうのです。

 考えさせられる場面があります。それは監督が、日本代表チームの解散の日、最後のミーティングで代表選手たちに告げる言葉です。

「これから先… 中学高校と野球を続ける選手が大半だと思うけど 皆が野球を続けるにあたってどこに行っても『平等な指導』はありません (中略)これから先 怪我や故障で冷遇されたり 自分の努力を認めてもらえなかったり 『その他大勢の一人』として扱われる事も もしかしたらあると思います でも どんな状況でも 自分の置かれた境遇を乗りこなしてください」(本書より)

「乗り越えて」ではなく「乗りこなして」。とても重い言葉だと感じます。我が身が置かれた状況に付き合って、それを自分自身でコントロールしていく。「乗り越えて」では叱咤激励になりますが、そうではなく「乗りこなせ」。自分と向き合え、と言っています。表面的な教育指導ではない、のっぴきならない現実と、どうにか向き合って、自分自身を保つこと。そして生きていくこと。

 そして、もう一つ。そんな言葉をかけてくれた監督にまつわる、きわめて重要な場面があります。綾瀬川くんは解散後、レベルの低い「バンビーズ」にも、レベルの高い他チームにも在籍せずに、監督自身が指導する野球塾に入りたいと志願します。監督は、スーパースターを自らのもとに招き入れるのか……。そこには自身の息子もいます。はたして監督の選択は。指導者という立場と、一人の親という立場。そして、プレーヤーとして経験を重ねてきた立場。じつに多角的な観点から、監督自身の心情を抉り出していく。その描写に、唸るよりほかありません。単なる少年の成長譚だけではない、大人たちの多種多様な葛藤が、同時進行で進み、呼応し、広がっていくのです。

 綾瀬川くんという、たった1人の、最高のダイヤモンドが周りに起こすハレーション。親や指導者、対戦相手のチームまでにも及びます。一見、ひょうひょうとしている選手たちが、劣等感や焦りを抱いていたり、身内を嘲笑うことで自身をどうにか保ったりしている。グサッと刺さる台詞を言う時には、背中で語っていたり、もしくは真っ黒に塗られた顔だったりする。その描き方もシンボリックで、今までにちょっと読んだことのないタイプの物語です。

「日本代表」の看板を背負ってはいるけれど、まだまだ体も心も未成熟な子どもたち。2月の時点では第4巻まで刊行されており、その最後の最後では、綾瀬川くんに、ある再会があります。もう、この先が気になって仕方ない!

 この物語が少年漫画誌ではなく、青年誌「ヤングジャンプ」で連載されているところが、じつは大きなポイントだとも思います。これからどうやって社会人として生きていくのか、社会とどう折り合いを付けていくのか、悩む大人たちにこそ、ピッタリな物語だと思います。

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「少年サンデー」(小学館)で連載中の『レッドブルー』(作者・波切敦)もぜひ読んでみてください。内気で病弱な高校1年生・鈴木青葉くんが、イジメられていたところを、格闘技界の「神童」赤沢拳心くんが助けてくれます。ところが青葉くんは、ずっと拳心くんのことが苦手で、その反感から青葉くんは総合格闘技に挑み始めます。「週刊ビッグコミックスピリッツ」(小学館)の『ダンス・ダンス・ダンスール』(作者・ジョージ朝倉)も面白いです。こちらは男子バレエに光を当てた物語。主人公が、転校生との出会いをきっかけに、本気で男子バレエに取り組む姿を描いたお話です。

(構成・加賀直樹)