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「死因の人類史」/「中断される死」 遠景と近景から描く人の最期 朝日新聞書評から

評者: 磯野真穂 / 朝⽇新聞掲載:2024年03月16日
死因の人類史 著者:アンドリュー・ドイグ 出版社:草思社 ジャンル:健康・家庭医学

ISBN: 9784794226945
発売⽇: 2024/02/27
サイズ: 20cm/482p

中断される死 現代医療はいかに死に方を複雑にしているか 著者: 出版社:青土社 ジャンル:健康・家庭医学

ISBN: 9784791776221
発売⽇: 2024/02/24
サイズ: 19cm/327p

「死因の人類史」 [著]アンドリュー・ドイグ/「中断される死」[著]ブレア・ビガム

 死の遠景と近景。そう呼ぶにふさわしい2冊が刊行された。
 『死因の人類史』は、統計データをもとに、死因克服の人類史を描く。中でも感染症のそれは圧巻だ。アメリカのデータによるとワクチンの導入前後で、おたふくかぜの死亡者は97%、麻疹は約99%、ポリオは100%減。すごい……。
 ただワクチンを待たずして、感染症は19世紀から激減していた。病態理解が進み、下水道等が整えられ、手洗い、洗濯といった今なら当然の“感染”対策が定着したからである。
 人類の死因は一変し、現在のそれらは心不全、ガン、脳卒中、認知症となった。でも、遺伝子改変が可能となり、自己細胞を用いた臓器培養が可能になったら? 心不全とガンは克服され、残される死因は脳の機能不全のみになるかもしれない。
 ただ本書は、「人間」という死因に言及することも忘れない。若者の死因1位は交通事故であるし、戦争は感染症の増加や飢饉(ききん)を生み出す。そもそも人類史上最も死亡率が高いのは新石器時代なのだそう。原因は農耕による定住の開始である。人と家畜が密集する暮らしが、感染症死を増やしたのだ。
 「人間」に別角度から迫るのは、死を近景から描く『中断される死』である。統計として丸められた数字の中には、死に際して戸惑う感情を持った人々がいる。カナダの医師である著者は、その現場に肉薄する。
 生は死よりも常に勝るという価値観を科学技術が推し進めた結果、人々の死の否認に拍車がかかったと著者は言う。手を尽くしてほしいという家族の希望が、死ぬまで機械に繫(つな)がれた酷(むご)い最期を作り出す。医師も、わずかな可能性に賭けたり、家族からの糾弾を恐れたりして、治療の中断を躊躇(ためら)う。こうして穏やかな死は遠ざかる。
 私は何もしなくていい、無関係。そう思った方こそ、ここで立ち止まってほしい。「何もしない」とは何か? 激痛で苦しんでいても、放っておいて欲しいのか? 終末期の正解は、全力の生命維持と完全放置の間にある。本書はそれを探るのだ。
 臓器移植の記述も必読である。提供数が待機者数に追い付かないカナダにおいて、臓器確保は死活問題。しかしそれには1人の死が絡む。物議を醸す繊細な話題であるが、カナダは日本より向き合っているように見える。百万人あたりの臓器提供者数は、カナダの21人に比し、日本は1人。この差は技術でなく、議論の不足によるものだ。
 話し合えない日本の福音は、臓器培養の到来か。いや、それでいいのだろうか。
    ◇
Andrew Doig 英マンチェスター大生化学教授。研究対象は計算生物学、神経科学、認知症、発生生物学など▽Blair Bigham カナダのジャーナリスト、科学者、救急医、ICU医。