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【特別版】芥川賞・九段理江さん「芥川賞を獲るコツ、わかりました」 小説家になりたい人が、芥川賞作家になった人に聞いてみた。

九段理江さん=撮影・武藤奈緒美

読むより先に書いていた

「私、よく人間ぽくないって言われるんですよ。小さい時から親にも、りえちゃんは人間じゃないからねって言われてました」
 そう言って逆光のなか悠然と微笑む九段さんは、たしかにVRのようだ。

 受賞歴も常人離れしている。2017年、18年と2年連続で文學界新人賞の最終候補に。2021年で見事受賞すると、その次に書いた「Schoolgirl」で芥川賞候補になり、同作で芸術選奨新人賞を受賞。さらに3作目「しをかくうま」で第45回野間文芸新人賞を受賞。つまり、デビュー後書いたものはすべて何らかの賞に選ばれているのだ。まさに小説の申し子。読書歴について尋ねた時もこうだ。

「私の場合は読むより書く方が先でした。文字を覚えた幼稚園の頃から、みんなが園庭で遊んでいる間も私は教室でずっと何かしら書いていましたね。自分の書いたものを読んだのが初めての読書です。いつから小説を読むようになったか覚えてないなあ。家に転がってる活字だったらなんでも読んでたので。あ、新聞はよく読みました。毎日更新されるから面白いんですよね」

 小学校でもその調子で一日中文章を書いていたため、周りから小説家になれと言われていたそう。

「自分としてはこれを職業にするイメージがわかなくて。普通に就職してOLになって堅実な人生を歩みたいと思っていました。でも実際就職したら半年くらいで飽きて辞めちゃったんです」

これまでもらった文学賞の記念品たち。「文學界新人賞と野間文芸新人賞の受賞の言葉はじつはリンクしているんです。〈新人賞〉という言葉を私なりに再定義してみたんですよ」=撮影・武藤奈緒美

無人島でも私は書く

 その後、友人の誘いを受けて金沢へ。古本屋でバイトしつつ、小説を書き、身近な人に見せる。それだけで満足だった。作品を認められたいとか、世に知らしめたいとか、なかったのだろうか。

「それ、同期からもよく聞かれました。『だってさ、無人島行ってもりえちゃん小説書きますか。書かないでしょ。誰か読んでくれる人がいるから書くんでしょ』って。でも私、『えっ、私、無人島に行ってもやっぱり書くなあ』と思ったんですよね。『またまたぁ~、りえちゃんかっこつけすぎ!』って言われたんですけど(笑)。私にとって書くことは食事や呼吸と同じ。生きるうえで必要だからやってるだけのことなんです」

 その同期や、金沢へ呼んでくれた友人に強く勧められ、25歳頃から賞に応募。27歳で文學界最終候補に。いつもこの連載では落選からの立ち直り方を聞くのですが、九段さん、落ち込んだことなさそうですね……。

「ないかも。私の周りは親も友人も私を甘やかす人ばっかりなんです。落選した時も『今回あなたは落ちたけど、それは選ぶ側の問題であって、あなたにはまったく落ち度がない。あなたには才能があるので気にしないように』って断言されて。私自身は自分に才能があるとも思ってないのですが、周りの人たちが好きだからその言葉は信じるしかない。あとは、初めて最終選考に残ったとき、競り合ったのが沼田真佑さんの『影裏』(同年、芥川賞受賞)だったんです。やっぱり賞は時の運も大きい。今回はたまたま落ちたけど、このまま書いていったらいつかはとれるだろうなと思っていました」

芥川賞のお祝いの品々。『東京都同情塔』でモデルとしたホテルからテディベアとカードを。友人からはザハ・ハディドのスナックプレート。「今日着ている服はアパレルブランドのプレスをしている友人からお祝いでもらったもの」=撮影・武藤奈緒美

How to get芥川賞

 そんな欲のない九段さんが、『しをかくうま』以降、「芥川賞製造マシーンになる」と宣言した。

「元々『しをかくうま』は400枚くらいの小説だったんですが、半年くらい掲載してもらえなかったんです。新人って長い小説書いても載せてもらえないんですって。芥川賞サイズじゃないから。そんな純文学の暗黙のルールを私は知らず、野生児のように書いていて。それを泣く泣く270枚に削り、なのに芥川賞にノミネートされなかったんです! あれは唯一落ち込みました。それで、早く芥川賞を獲って好きな枚数を書ける身になる! と決意したんです」

 でも、獲ろうと思って獲れるもんじゃないと思うんですが……。

「芥川賞を獲るにはコツがあるんですよ。あのね、じつはこれ、芥川賞をとった人はみんな知ってるんです。文学賞の受賞パーティにいけばみんな教えてくれるの。あれは安堂ホセさんと日比野コレコさんの文藝賞授賞式のこと。柴崎友香さんがはっきりおっしゃったんです。『芥川賞っていうのはね、枚数なんだよ』って。そばで村田沙耶香さんや羽田圭介さんもウンウンって頷いていらっしゃって。それを聞いて『しをかくうま』も削ることができたんです」

 が、『しをかくうま』はノミネートされなかった。

「あれは長いものを短くしているんで当たり前の話で。だから次は最初から100枚~200枚の芥川賞ど真ん中のサイズで書く! ……というわけで、『東京都同情塔』で一番最初に決まったのは枚数なんです。200枚は絶対に超えないぞって思いながら書きました。そしたらほら、受賞ですよ」

 絶対それだけじゃないと思います(笑)。そのほかで芥川賞を狙ってやったことはありますか。文体とか題材とか。

「枚数以外は自由にやりました。去年の7月1日から書き始めて、初稿が上がったのが9月12日か13日。その間は人にも会わずにひたすら書いていました。誰かとご飯を食べるのは楽しいけど、その楽しい時間もパソコンの前にいたらいいアイディアが浮かんでいたかも、って思いたくない。でも、その間も筋トレはしてました」

 筋トレは執筆の邪魔にならないんですか?

「むしろ筋肉を鍛えれば言葉も研ぎ澄まされていくと思います。言葉を書くとか発するとか、言葉を使うことってすごく肉体的なことだと思うんですよ。喋る時も声帯を使うでしょ。だから自分の肉体を意識的に鍛えていなければ、言葉も怠惰になっていく。筋トレは敬愛する三島由紀夫に倣ってはじめたのですが、彼はそのことを知っていたんだと思います」

 書いていて苦労した部分は?

「拓人君っていう若い男の子の文体を作るのが大変でした。文法がちゃんとしていない独特な喋り方をする男の子なので。たとえば、拓人君の文体を打ち込んで、『この文体を真似て文章を作ってください』とAIにお願いしてもできないんですよね。AIは正しくない文法の文章は作れないので。あやふやな文体っていちばん人間的。拓人君はあの小説の中の人間代表ですね」

 人間じゃない九段さんが人間に近づこうとして書いたのが拓人君ってことですね。

「あ、そうです! そうだ、だからあんな苦しかったんだ」

ここは自室ではなく、新潮社の作家カンヅメ用サロン。ふだんは早寝早起き、三度の食事は自炊し、朝はジョギング、午後は筋トレ。いい小説を書くために、身体を整える=撮影・武藤奈緒美

24時間小説を書く〈小説人間〉

 つい人間的なエピソードを聞きたくなるのですが、「東京都同情塔」が狙い通りノミネートした後は、ナーバスにはならなかったんですか。

「それはやっぱりなりました。賞ってタイミングじゃないですか。毎年毎年新人が出てきて、その新鮮さと闘わないといけない。ここで獲り逃がしたら前回次点だった『Schoolgirl』の貯金もなくなっちゃうし。受賞した時はホッとしましたね。これでもう芥川賞のことを考えなくて済む」

 受賞の知らせを受けた時の状況は。

「電話を受けた時、サラダを頬張ってた話は15回くらいしちゃったんで、何か別のものを。あ、そうそう、電話を受けて、会見場に移動する車の中で担当編集者の杉山さんが『九段さん、なんかバズること言ってくださいよ』って言ってきて(笑)。そんな無責任なこと言わないでよ~って言ってたんですけど、記者さんからの質問に『小説書くのに5%くらい生成AIを使った』って答えたら杉山さんが真っ青になるくらい炎上しちゃって。その記者さんも内心ヤバいって思ったらしいです。『5%って言っちゃったよ』って(笑)。あの後、いろんな人に心配されましたけど、私は楽観的に捉えていました。真実は小説を読めばわかってもらえることなので」

撮影・武藤奈緒美

 九段さんにとって、「芥川賞作家になる」とは。

「枚数無制限の切符と、よくも悪くもそれだけで通じる肩書きを手に入れること、でしょうか。『小説家です』と言ってもどんなジャンルのどんなレベルの作家なのか伝わらないけど、『芥川賞作家』といえば説明不要ですもんね」

 では、「小説家になる」とは。

「私、小説家になったかもと思った瞬間があって。それは文學界の最終選考で落ちた『海の聴力』という作品を書いたとき。自分が本当に書きたいものに到達できた感覚があったんです。受賞するかどうかと小説家になったかどうかは関係ないように思います。村田沙耶香さんの小説に『コンビニ人間』ってありますけど、それでいえば私は〈小説人間〉なんです。24時間小説を書いています。〈小説を書く〉という行為を、文字を書いてそれが出力されて、って考える人が多いと思いますが、私は全然ちがって。音楽聞いている時間も寝ている時間も誰かと話している時間も、全部小説を書いていると思っているんですよ。あのままずっと文学賞に出さなくてもよかった。でも、読まれたからこそ、選評や読者の反応から自分の中にあったものが発掘されていき、書く幅が広がったので、今はデビューできてよかったなと思っています」

「うれしいです、今日は久しぶりに小説の話ができました。受賞以来、AI専門家として取材されるばかりなので」と笑った九段さん。でも、そんなメディア出演の間にもこの人は頭の中で小説を書いているんだろう。なんだか目の前の九段さんが高度な小説生成AIに見えてきた。

 あの……九段さんって〈人間〉ではあるんですよね?

「さあ、それはどうでしょう」

【次回予告】次回は、第10回林芙美子文学賞を受賞した大原鉄平さんにインタビュー予定。