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「メディアエコロジー」/「ラブレターの書き方」 ネット社会で問う「孤独」の意味 朝日新聞書評から 

評者: 椹木野衣 / 朝⽇新聞掲載:2024年03月30日
メディアエコロジー 端末市民のゆくえ 著者:桂 英史 出版社:左右社 ジャンル:社会学

ISBN: 9784865283938
発売⽇:
サイズ: 18cm/381p

ラブレターの書き方 著者:布施琳太郎 出版社:晶文社 ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784794974037
発売⽇: 2023/12/19
サイズ: 19cm/340p

「メディアエコロジー」[著]桂英史/「ラブレターの書き方」 [著]布施琳太郎

 私事だが2021年の春でツイッター(現・X)の利用を休止した。もとよりアートとの連携を知るためだったが、コロナ禍に突入した頃から、フェイクニュースや大小のいさかいばかりが目に付くようになり、潮時と思ったのだ。やめてから「心の声」という最大の個人情報を無防備に拡散し続けていたことに恐怖を感じ、同時に大きな解放感を得た。とはいえ、自分だけやめれば済むというわけにもいかない。ソーシャルメディアは差異を生み出す資本主義の極限的な拡大や加速と驚くほど相性がよく、社会のなかにネットがあるのではなく、社会そのものがネットに呑(の)み込まれつつあるからだ。
 桂は、フランスの思想家ヴィリリオの言葉に触発され「端末市民の連帯意識」について25年あまり考察してきた。だが、スマホに代表される「端末」の暴走は止まらず、「市民」不在の「連帯」が生む無「意識」の暴力性があらわとなる事態を前に、フランスの精神分析家ガタリが説いた「エコゾフィー」なる概念に留意し、ネット空間にも「エコロジー」が必須と考えるようになった。併せて、かつて『精神の生態学』を著したアメリカの人類学者ベイトソンの思索と照らし合わせ「情報の生態学(メディアエコロジー)」をめぐり様々な角度から問いを発する。
 問題意識の立つ場所は布施も同じだ。端末社会の全面化を前になすすべもないわたしたちは、いまや「孤独」になることもできない。かといって、端末を切れば孤独になれるわけではないし、孤独自体に意味があるわけでもない。布施が提唱するのは、桂に倣って言えば、情報に生態系を取り戻す書式としての「ラブレター」だ。ラブレターの書き手が持つ承認欲求を、ソーシャルメディアが「いいね!」のような資本主義的欲望へと転化して加速させるなか、布施は古典的な手紙のあり方を手がかりに、かつて存在した「恋文横丁の代筆文化」や寺山修司のラブレターを参照しつつ、ネット空間の中にこそ(市民でも群衆でもなく)「二人であること(いられること)の孤独」がありえないかと模索する。
 興味深いのは、親と子ほど齢(とし)の異なる二人の著者により同時期に刊行された二冊が、80年代の思想を参照する桂(ニューアカ世代)から、60年代の文化へと遡及(そきゅう)する布施(Z世代)への隔世遺伝的な問いかけを含むラブレターのように読めることだ。それに布施がどのように「返信」したか。布施の言葉を借りれば、この二冊はまるで「誤変換の恋人」たちのように緊密だ。
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かつら・えいし 1959年生まれ。東京芸術大教授(メディア論など)。著書に『表現のエチカ』など▽ふせ・りんたろう 1994年生まれ。アーティスト。東京芸術大院修了(メディア映像専攻)。著書に詩集『涙のカタログ』。