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「潜水鐘に乗って」書評 現実と幻で照らし出す人間の姿

評者: 澤田瞳子 / 朝⽇新聞掲載:2024年03月30日
潜水鐘に乗って 著者: 出版社:東京創元社 ジャンル:欧米の小説・文学

ISBN: 9784488011321
発売⽇: 2023/12/18
サイズ: 20cm/301p

「潜水鐘に乗って」 [著]ルーシー・ウッド

 妖精が見えるようになる塗り薬、荒れ野を駆ける魔犬……本書はイギリス南西部・コーンウォール出身の著者が郷里の伝説伝承をモチーフにした12の短編を収録する。
 精霊や巨人などの不可思議な存在を描きつつも、各話に通底する人々の営みは一貫してささやかで、寂しさや日常への鬱屈(うっくつ)といった現実の痛みに満ちている。人ならぬものたちの存在はかえって、この世を生きねばならぬ登場人物の生々しい姿を際立たせ、幻想小説の形を借りているにもかかわらず、読者の胸に深い共感を呼ぶ。
 表題作「潜水鐘に乗って」の主人公たる老婦人は、48年前に海に沈んだ夫と再会すべく、専門業者が操る潜水鐘に乗り込んで、海にもぐる。潜水鐘とは19世紀に盛んに使用された、金属製かつ釣鐘(つりがね)型の潜水具。乗り手は中央部分の椅子に座って、船上から海の中に下ろされる。帰らぬ夫を待ち続けた主人公の寂しさ、彼との再会に対する期待と不安。結果、彼女が海中で出会う夫は読み手からすれば、異質な存在でしかない。しかし主人公は昔と変わらぬ夫との再会に心弾ませるとともに、己と彼の間の決して越えられぬ隔てに直面する。
 「潜水鐘に乗って」が再会と別れを同時に描くとすれば、「石の乙女たち」は日常のありふれた一瞬を永劫(えいごう)への入り口として描いた物語。伝説によればコーンウォールに存在する環状列石は、踊る乙女たちが石に姿を変えたものという。主人公はそんな伝承通り、己の肉体が石に変わる予兆を覚えつつ、最後の一日をある意味、平凡に過ごす。失われゆくものから目を背けぬ姿勢は、「魔犬」「願いがかなう木」などにも共通しており、描かれる光景が非日常であればあるほど、日々を生きる人間の複雑さを浮き彫りにする。
 現実と幻想の交差の中に、物語でしか描けぬ人間の姿を蘇(よみがえ)らせた、極めて実直な作品集である。
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Lucy Wood 作家。2012年に本書でデビュー、サマセット・モーム賞など受賞。未邦訳の長編や短編集がある。