1. HOME
  2. コラム
  3. とりあえず、茶を。
  4. 「興味がない」 千早茜

「興味がない」 千早茜

 三十以上歳(とし)の離れた友人がいる。私のほうが年下で、仕事の面でとても尊敬している人なのだが、電話したり飲みにいったりしても不思議と緊張しない。彼女は好き嫌いがはっきりしていて、嘘(うそ)のない人だ。ひらかれている、という印象がある。それがどういうことなのか、うまく説明できないまま交友を続けていた。

 先日、仕事でご一緒することになり対談というかたちでいろいろ話した。彼女は意外な仕事を依頼されても、非常に巧みに自分の中に落とし込んで作品に変えていく。そこには必ず、彼女でしか見つけられなかっただろうと思わせる新しい着眼点があり、いつも凄(すご)いと思っていた。けれど、プライベートでも関わりがあるので、依頼されたときに彼女が「興味がないのよね」と言っていたことは知っている。どうやって、興味がないことに取り組めるのか聞いてみたかった。

 彼女は少し考えて「難しいわね」と言った。「興味がないことほど調べるのよ。断る口実を見つけるために。だって、知らないと断ることもできないでしょう」。そうして徹底的に調べた結果、ひっかかるものがあれば受けて、惹(ひ)かれなかった場合はお断りをするそうだ。驚いた。

 私は「興味がない」は断りの文句だと思っていた。つまりは終わりの言葉だった。でも、彼女にとっては始まりの、そこからの言葉なのだ。「興味がない」で、とじてしまわない。自分がいままで興味を持たなかった理由をも探そうとする。とても誠実な仕事の仕方に思われた。そして、彼女の「ひらいている」という印象はこういう姿勢からくるのだと知った。

 思い返してみると「興味がない」は少なからず使っている。苦手なことや好ましくない情報や誘いをシャットアウトするときに簡単に口にしている。知ってから判断しようという余裕が私にはなかった。それは許容力の低さに繋(つな)がっている気がする。「興味がない」ものを知ることで見えてくる景色があるのかもしれない。=朝日新聞2024年4月10日掲載