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「マーリ・アルメイダの七つの月」(上・下) 痛快に語られる「戦禍の肥溜め」 朝日新聞書評から 

評者: 小澤英実 / 朝⽇新聞掲載:2024年04月13日
マーリ・アルメイダの七つの月 上 著者:シェハン・カルナティラカ 出版社:河出書房新社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784309208954
発売⽇: 2023/12/26
サイズ: 13.8×19.8cm/288p

マーリ・アルメイダの七つの月 下 著者:シェハン・カルナティラカ 出版社:河出書房新社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784309208961
発売⽇: 2023/12/26
サイズ: 13.8×19.8cm/312p

「マーリ・アルメイダの七つの月」(上・下) [著]シェハン・カルナティラカ

 生まれた環境に大きく左右される人間の生は、そもそもあまりに不条理だ。「親ガチャ」という言葉が流行(はや)ったが、もし生まれた場所が、この物語の主人公のいう「戦渦の肥溜(こえだ)め」――民族対立による大量虐殺で、人が虫けらのように殺される内戦下のスリランカだったなら? 彼のように「人はなぜ生まれ、なぜ死ぬのか? そもそも、この世界が存在するのはなぜなのか?」と考えたくもなるだろう。これは、そんなくじ引きだらけの人生と残酷な世界に対する、怒りと悲痛な叫び、そしてその絶望のあとに残る愛についての物語だ。
 戦場カメラマンでギャンブラー、かつ「隠れゲイ」の色男マーリにとって、外れくじを引いたのを、やれ前世の業だ、自然の摂理だと言いくるめ、自業自得と思わせようとする宗教は、「貧乏人を苦しいままにしておくための都合のいいでたらめ」だ。確率だけを信じる無神論者として歴戦を潜(くぐ)り抜けてきたが、ある日目を覚ますと、彼はすでに死んで〈はざま〉の世界にいる。死に至るまでの記憶を取り戻し、生前やり残した二つの使命を果たすべく、与えられたタイムリミットまでの七日間、死後の世界を彷徨(ほうこう)する。この大枠に帝国に翻弄(ほんろう)されるスリランカの歴史をクロスさせ、人間の実存をめぐる真摯(しんし)な哲学的思索とエンターテインメントとしての面白さを両立させる手腕が見事。自分の死因の謎を解く幽霊探偵小説、当地の神話や呪術を下敷きにした異界ファンタジー、実在の政治家も登場する政治群像劇、男女の三角関係を描いたビターな恋愛小説と、ジャンルもオールマイティーだ。
 このストーリーの魅力を倍加するのが、シニカルな語りの痛快なドライブ感だ。「スターリンや毛沢東やポル・ポト以上に精力的な殺し屋は神様だけさ」といったウィットやユーモアの連発が、内容の救いのなさを笑いに転じる。物語の背骨である輪廻(りんね)転生の概念は、マーリを「おまえ」と呼ぶ二人称の語りに絶大な意味を与える。読み進めるうちにマーリは、私たち読者の過去や未来の自分かもしれない「どちらもおまえだし、どちらもおまえではない」存在になっていく。
 自然の楽園の美と残虐な殺戮(さつりく)の描写との鮮烈なコントラストが胸に焼き付く。カート・ヴォネガットの作品群やジョーゼフ・ヘラー『キャッチ=22』など第2次世界大戦を題材にした傑作と肩を並べうる小説が、ポストコロニアル文学としていま生まれたことに驚いた(これもひとつの輪廻転生?)。「戦前」という言葉が現実味をいや増すいま、読まれるべき物語だ。
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Shehan Karunatilaka 1975年生まれ。作家。スリランカに育ち、ニュージーランドの高校、大学を卒業後、フリーのコピーライターとして活動。2022年に刊行した長編2作目の本書で英ブッカー賞。