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齋藤彩「母という呪縛 娘という牢獄」 「教育虐待」愛情と信じた末に

 母を殺し、遺体をバラバラにして河原に捨てる娘。このショッキングな事件について、丹念に娘と交流しながら背景を探った本書は、近年ノンフィクションの衰退が叫ばれている中で、出色の存在である。ここまで多くの人たちに読まれた理由について、「母娘問題」と「教育虐待」という視点から考えてみたい。

 母娘問題がひとつのテーマとして浮上して久しい。団塊世代の母親とその娘という組み合わせが背景となっている。結婚後の挫折まみれの人生を、息子ではなく同性の娘をとおして挽回(ばんかい)し生き直そうとする母は、娘の進路に命を懸ける。狂気じみているが、閉ざされた関係の中にいる母はそれが愛情だと信じ、母の期待に応えられない娘は生きている価値がないと思い込んでしまう。

 本書の母も、競走馬のように娘を駆り立て続ける。娘に医学部受験を強要し、9浪までさせた。しかも「それが娘のため」だと本気で信じながら。まるで独裁者が「国民のため」という大義に陶酔しているかのようだ。この母は亡くなる瞬間まで「娘のため」という虚構を信じながら、命を落としたのだろう。

 本書を手に取った多くの人たちも、この母娘と自分自身の体験を重ね合わせたのではないか。描かれている構造はまったく同じだ。この娘は母を殺したが、「私は殺さなかっただけだ」。そう考えた人は多いのだろうと思う。

 本書のような惨劇を回避するポイントはないのだろうか。長年のカウンセリングの経験から、母娘関係への介入こそが重要だと考える。それは父親の役割に他ならない。娘にのめり込む母を止められなかった父という視点から本書を読み返してみると、「生き直したい母」と「不在の父」にこそ、事件の核心があると思われる。=朝日新聞2024年5月4日掲載

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講談社・1980円。2022年刊。16刷9万4千部。「昨年2月ごろからSNSで話題になり始めた。母親との関係に悩み、傷を抱える人たちが非常にたくさんいて、共感を持ち読んでくれているのでは」と編集担当者。