「そして私も音楽になった」書評 作品が感情や記憶結ぶ「場」の力
ISBN: 9784910855011
発売⽇: 2024/02/14
サイズ: 12.8×18.8cm/312p
「そして私も音楽になった」 [編著]小西公大
音楽は巷(ちまた)に溢(あふ)れている。店舗のBGM、イヤフォンを装着した道ゆく人々。さらにコロナ禍で慣習化したライブ音楽配信は、音楽のデータ化、パッケージ化を促進し、流通のたやすい消費物としての側面を助長した。
そこでいう音楽とは、楽曲やその演奏の録音のことだ。しかし、音楽の力は作品やパフォーマンスそのものよりも、それらを媒介として喚起される感情や記憶、出会いなど、さまざまな要素を偶発的に結びつける「場」を生み出す部分にあるというのが本書の主張である。
「モノ」(名詞)としての音楽ではなく、その場に関与するあらゆるもの、人、空間を連繫(れんけい)させる「動詞的」エネルギーが生成される過程。それを著者たちは「サウンド・アッサンブラージュ」(音を介して惹〈ひ〉き寄せられた雑多なものの集合体としての「場」)と名づけた。「著者たち」とは、人類学や教育学の研究者や作曲家、計9名。それぞれの実地体験から、さまざまな「場」の生起が報告される。
学術的アプローチながら一般向けに書かれ、その舞台は、インド、ウガンダ、三宅島、チベット、タイ、ソロモン諸島など、個人的には未知の場所が多い。口パクカラオケショー、法要の場にもかかわらず人々を凶暴にするような語り物、ラオスの笙(しょう)による問答形式のバトルなど、各地の特異な芸能文化を含めた旅行記としても楽しめる。
それらは「一回性の」、つまり反デジタルの「音楽の力」であるが、一方でオンラインならではのズレや歪(ひず)み、途切れといった要素に着目し、個の社会的背景を消して行うワークショップも、音のコミュニケイティブな力を顕在化させ興味深い。インドネシアと高知の子どもたちをつないだ、コロナ禍だからこそ実現できたガムラン交流の話には思わず感涙。
音を介した人々の営みから、文化の違いを越えた「人間くささ」が立ちのぼってくる。
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こにし・こうだい 1975年生まれ。東京学芸大准教授。文化人類学者。共編著書に『インドを旅する55章』など。