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「ナースの卯月に視えるもの」秋谷りんこさんインタビュー 元看護師が描く、喪失と受容の物語

秋谷りんこさん=篠塚ようこ撮影

「いつか看護師を主人公に小説を」

――デビュー作が大ヒットシリーズとなりました。改めて本作を書こうと思ったきっかけを教えてください。

 いつか自分が働いていたときのことも含め、看護師を主人公にした小説を書きたいと思って、2020年からブログサイトのnoteで短編小説やショートショートを書き始め、21年からは出版社が主催する新人賞などの公募に応募してきました。

 そんな中で、note創作大賞で「お仕事小説部門」という募集があるのを見つけ、ここなら自分の過去の経験や得たものを書けるのではないかなと思って、挑戦してみたんです。

 

――もともとシリーズ化は考えていたんですか?

 いえいえ、最初に書いたときは、シリーズ化なんて全く考えておらず、創作大賞の入賞にでも引っかかってくれたら……としか思っていませんでした。だから受賞もさることながら、シリーズ化のお話をいただいたときは、嬉しさと驚きと、本当に書けるのかなという少しの不安とが入り混じっていましたね。担当の編集者さんと二人三脚でここまでやってこられたと思います。

――看護師として約13年働いた経験がある秋谷さん。「お仕事小説」にする難しさはありましたか?

 たとえ一緒に働いていた同僚が読んだとしても、誰かを思い起こすことがないようプライバシーに配慮しました。何より、いま実際に闘病なさっている方や、お見舞いをしているご家族が読んでも辛くなりすぎないように、ということも意識して書くようにしました。また、私の看護観のようなものを1人の登場人物に託すのではなく、それぞれの登場人物たちに割り振って語ってもらうことも意識しました。

――秋谷さんは大学病院の精神科急性期閉鎖病棟や精神病院に勤務していたそうですが、確かに主人公の卯月とは設定が少し違います。

 はい。精神科を舞台にすると、主人公が私そのものになってしまうので、あえて避けました。でも、実際に働いていた病棟には、精神科の病気と身体の病気両方を持つ方がいらっしゃる身体合併症病棟もあって、病棟で長期に療養することの良さも苦労も感じてきました。

――個人的に夜勤明けの“朝マック”の描写が印象的でした。すごく美味しそうで……(笑)

 嬉しいです。看護師自身がどういうことを感じて、どんなケアをしているのか。夜勤明けの疲れとか、休憩室でちょっと医者の悪口を言うとか(笑)、ふだん患者さんやそのご家族からは見えない看護師のリアルを感じてもらえたらと思って書いていたので。

――医療用語も多く書かれていますが、想像していたよりもずっと読みやすかったです。

 よかったです。専門用語を出すと、どうしてもそのための説明文に行数を割いてしまうので、「ここはちょっと説明が長すぎるから、もう少し控えめに」とか「分かりやすい言葉に言い直そう」とか、編集者さんに相談しながら書いていったんです。初めて医療ものに触れる方でも読みやすくなっていたらいいなと思います。

看護実習の後悔が生んだ「思い残し」

――そんなリアルな描写の中でも、「思い残し」という不思議な設定が書かれていますよね。このアイデアはどのように生まれたのですか?

 私自身にそういうものが見えるわけではないです。ただ、看護学校では、実際に病院に行って、患者さんを担当して、看護を学ぶ現場実習があるんですけど、私が担当していた患者さんが実習中にお亡くなりになったんですね。私にとって初めての経験で、とてもショックが大きくて。

 実習が終わって、家に帰って、翌朝再び病院に行くまでの間に亡くなったので、すべての処置は終わっていて、朝には患者さんはもういない状態。最期に何を思ったんだろうと思いをはせつつ、見届けられなかった後悔のようなものがありました。それは看護師として働いているときも、退職してからもずっと自分の中に残っていました。

 そして思ったんです。患者さんが闘病しているときに、何の悔いもない方はいないのではないか。誰でも何かしら思い残すことはきっとあるのではないか、と。その「思い残し」を少しでも解消して闘病できたら、より良い最期につながる気がして、少しファンタジックな設定につながりました。

――読者からはどんな感想が寄せられていますか?

「家族を看取ったときのことを思い出しました」「介護していたときを思い出しました」といった声や、「もし自分が病気になったら、卯月のような看護師さんに出会いたい」といった感想をいただきます。本の中の出来事をまるで自分ごとのようにとらえてくださる方が多く、本当に書いてよかったなと思います。

 一生病気にならない方はいらっしゃらないと思いますし、仮にご自身が健康でも、身近な人が病気になったりしますよね。病気をしながらでも、辛いことがあっても、心に希望を持っていただきたい。そんな思いを込めてこの本を書いています。

患者の死とどう向き合う

――この作品を通じて、どんなメッセージを届けたいと考えていますか?

「ナースの卯月に視えるもの」は、喪失とその受容の物語だと思っています。誰しも、いつかは身近な人や大切なものを失うわけですが、その穴を時間をかけて埋めていく。どんなに辛くても、人生は止まってくれないから、それを少しずつ受け入れながら生きていかなくてはいけない。

 そんなことを「卯月」の中で表現できたらと思います。

――看護師というお仕事は、患者さんの死を日常的に経験するし、それを乗り越えていかなくてはいけないわけですね。

 看護師として働いていると、患者さんが亡くなる現場に何度も遭遇します。でも、慣れることはないですね。

 一方で、ある患者さんが亡くなってお見送りをしたとしても、他の部屋には今まさに闘病なさっていて、これから元気になろうとしている患者さんがたくさんいる。だからその方たちに泣き顔を見られるわけにはいかないんですよね。その方たちはこれから生きようと頑張っているわけで、私たち看護師は最大限そのお手伝いをしなくてはいけないので。

 つまり、私たちは喪失した悲しみを抱えながら、今なお頑張っている患者さんたちを支えていかなくてはいけない。看護師は毎日、患者さんの死を悲しんだり、辛くなったり、受け入れたり、ちょっとしんどいなと思ったり、でも頑張ろうと思ったりを繰り返しながら経験を重ねていくのかなと思います。

――作品の中でも、正面から受け止めるのが辛くて、仕事を辞める看護師も登場しました。

 働いていた頃、看護師同士で、そういう真面目なことを話し合う機会が結構あったんです。急性期病棟にいた同僚がどう思っていたか、私自身はどう受け止めていたか、とか。

 また、私自身の中でも、学生のときに対面した患者さんの死と、看護師になって新人時代に向き合った死、そして看護師5年目ぐらいになってからの死というのは受け止め方が少しずつ変わってくる。新人のときはこうだったな、同僚はこんなことを言っていたな、といろいろ思い出しました。

実は本格ミステリーが好き

――ドラマや映画、小説では医療ものが花盛りですが、看護師視点の作品はあまりないように思います。執筆にあたって参考にした作品などはありますか?

 私も自分で書くまで気にしていなかったんですけど、看護師ものって意外とないですよね。

 執筆の際は、中山祐次郎さんの「泣くな研修医」シリーズをよく参考にしていました。主人公が研修医として働き始めてから成長していく過程が描かれていたので、私が卯月を描く上で勉強になる部分が多かったですね。医療用語と情緒的な描写の書き分けも含めて、線を引いたり付箋を張ったりしながら、じっくりと読み返した作品です。夏川草介さんの『神様のカルテ』も、読者として楽しむというより、小説の勉強をしなくてはと思い、拝読しました。

――医療ものに限らず、好きな作家や影響を受けた本などを教えてください。

 自分が書くものに反映されているわけではないんですけど、もともと本格ミステリーが好きで、特に有栖川有栖さんの作品が大好きですね。

 作家デビューしてからは、意識的にノンフィクションやエッセイなど、読書の幅を広げています。プロの書き手になったからには、視野を広げていった方がいいし、時代性みたいなものを把握していかなくてはいけないと思ったから。自分が好きで面白く楽しめる作品以外のものにも触れて、刺激をたくさん受けています。

――現在、第4弾を構想中とのことですが、差し支えのない範囲で、どんな展開になるのか教えてください。

 過去に喪失した経験がある卯月。喪失を乗り越え、新しい出会いや新しい幸せみたいなものをつかんでいってくれたら嬉しいなと、私も書きながら思っているので、ぜひ注目していただきたいです。

インタビューを音声でも!

 好書好日編集部がお送りするポッドキャスト「本好きの昼休み」で、秋谷りんこさんのインタビューを音声でお聴きいただけます。※後編は2月13日に配信予定です。

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